第17章 それぞれの想い
マルコは咄嗟に閉じた瞼の裏に、少女だった頃の沙羅を思い浮かべた。
白いワンピースを揺らし波と戯れる沙羅は眩しくて、眺めているだけで幸せになれた。
無邪気に『マルコ!』と呼ぶ声が懐かしい。
沙羅が変わったからか、
マルコが変わったからか。
何故今こんな肉欲的な感情で沙羅を求めてしまうのか。
苦しくて
苦しくて
それでも愛しい
そんなマルコの内に秘めた欲には気づかない沙羅は、マルコを包み込んだまま、背中を軽く“とん・・・とん・・・と撫でるように触れた。
「ずっと、マルコのそばにいるよ」
自分でも気づかずに告げた無意識の言葉。
“ずっとマルコのそばに”
お互いに想い合っているとも知らずに、二人は暫しそのまま。
しかしマルコの理性はほとんど切れている。
なけなしの理性を奮い立たせ、マルコはやっとの思いで口を開いた。
「月が見てぇな」
燻る感情をひた隠し、とにかくこの空間から逃れたい。
いや、逃れなくてはいけない。
このまま、
部屋に、
二人きりでは、
傷つけて、
しまうから。
マルコの脈絡のない言葉に疑問符を浮かべつつも、二人で夜空を眺めるのは昔から大好きな沙羅。
包み込んでいた腕を放し、笑みを浮かべて頷いた。
そして、座っているマルコに手を差し出す。
その何気ない仕草が、マルコの心を穏やかにしていく。
白ひげ海賊団、一番隊隊長、不死鳥マルコ。
そう呼ばれるようになってから無意識に気負っているマルコ。
自身の立ち位置が不満なわけではない。
むしろ、白ひげに信頼され、その信頼に応えられるようになったことは、この上ない誉れだ。
それでも、クルー達に『マルコ隊長』と一目置かれ、尊敬と畏怖を持って接せられるのは、線引きされたようで少しさみしくもある。
不死鳥の能力を持つマルコを一部のクルーが、化け物と称していることも知っている。
だからこそ沙羅の態度が嬉しいのだ。
何の偏見も先入観もなく、自分のことをただのマルコとして見てくれる沙羅に何度救われたか。
マルコは目を穏やかに緩ませながら、沙羅の手を握り返し立ち上がった。
そして、そのまま指を絡ませて甲板に向かった。
その間二人は言葉を交わすことはなかった。
お互いに、このままずっと・・・と望みながら。