第16章 決戦のハレム島
こびり付いた血を落とし、変色した部分の肌をメイクでカバーし衣装を整える。
最後にチークやルージュをひき、顔色を整えれば心なしか穏やかに微笑んだように見えた。
準備を終えた沙羅達が部屋から出ると、今度は男達が慎重にかやを甲板へと運んだ。
甲板には小舟の形をした棺が用意されていた。
そこにかやを静かに横たえるとクルー達が花々を入れ、海に浮かべた。
小舟の横には沙羅と隊長を代表してイゾウ。マルコは残念ながら海には入れない。
白いドレスを纏い、花々に飾られたかやは、さながら花嫁のようだ。
だが、かやが微笑むことは二度とできない。
そう思うと涙が滲みそうになった。先日助けを求めてきた小梅や今までに殺された女達も、どんなに悔しかっただろうか。
恐ろしかっただろうか。
だが、泣きたいのはかや達に違いない。
涙を堪えた沙羅の耳元に、イゾウの声が聞こえた。
頷き返すと、小舟の回りに微かな波を生み出した。
静かにフェイクの眠る島に向かって動き出す小舟。
安らかに眠って欲しい。
そして、天国で幸せになって欲しい。
願わずにはいられなかった。
かやを見送った翌々日、出向準備を整えたモビーディック号はハレム島の沖合に停泊していた。
夜空にはまん丸のお月様。
甲板は、不自然に外海側にだけクルーが集まり、常と違い、静かに酒を飲んでいた。
マルコはそんな彼らを確認しながら、見張り台のさらに上のヤード(マストから横に伸びる棒)に腰掛けていた。
「こら、島側を見るのは禁止だろ」
見張り台からサッチの声が響いた。
「俺が決めた事だよい」
「横暴だなぁ」
サッチは苦笑いを浮かべた。
島側を見るのを禁じたのはマルコ自身。だから自分は問題ないという訳だ。
「・・・綺麗だな」
「よい・・・」
サッチの言葉に返事する間も惜しむように、短く返事を返すマルコ。
二人の視線の先には、月光が降り注ぐ中、海の上で舞う沙羅の姿。
時々、海中から儚げな丸い光が沙羅の体を通り、月を、天を目指し昇っていく。
それが何を意味するかマルコ達は知っていた。
昔、何度か見たことのある光景。
海を漂う眠れぬ魂を送る舞い。
その美しさに何度心を奪われたことか。
“さよなら・・・”
沙羅の全身が燐光を放つ。
蛍火のように海中から浮き上がり、天に昇っていく無数の魂。