第16章 決戦のハレム島
「ごめんなさい、イゾウさん、すごく気持ちよくてもっとしたいんだけど・・・ヒョウ様には逆らえない」
「な・・・にをし・・・た?」
顔の筋肉すらも強張り、言葉が上手くでない。
ヒョウが、自分かマルコ達に、何か仕掛けてくることは予想していた。
だからルイの動きにも細心の注意を払い、唇を重ねることも舌を這わせることもしていない。
無論、勧められた酒など口にするはずもない。
とすれば・・・。
イゾウの目が忙しく動く。
それに応えるように、ルイは物陰にあった香炉を手に取り揺らした。
「体の自由が効かなくなる効果があるの、慣れば全く問題ないんだけど」
不自由なく話様子は、ルイがこの香に慣れている証。
きっと今までにも何度もヒョウの元へ標的を送り届けているのだろう。
“まずい”
いくらイゾウでも動けない体ではヒョウに太刀打ちできない。
イゾウは渾身の力を振り絞り、子電伝虫を鳴らした。
が、それを見逃すルイではない。
子電伝虫は僅かなコールを終え、ルイに奪われた。
そして動けない体に振動が伝わる。
床が、沈んでいく。
「ヒョウ様の元にご案内するわ、イゾウさん」
愛おしそうにイゾウの唇にキスを落とす。
ルイの口づけなど、直ぐにも拭い去りたいが、それすら適わない。
苛立ちに冷静さを失いそうになる。と、イゾウは自分の体の微かな変化を感じ取った。
爪先が僅かに動く。
どうやら経験のある薬香だったらしい。
イゾウは密かに笑った。
小さい頃のおぞましい経験が、こんな所で役に立つとは。
和の国で代々続いていた役者の家の名門中の名門に生まれたイゾウ。
他人が羨むこともできないほどに、豪華な暮らし。
だが、その内状は凄まじい跡目争いにまみれていた。
幼い頃から、何度も殺されそうになった。
食事は毒味役がつき冷め切った頃にやっと口に入った。寝所にすら護衛がつき、その護衛に殺されそうになった事もある。
何度も命の危機に曝され、心の休まらない日々。
遂には、唯一の拠り所であった母もイゾウを守るために命を落とした。
初めて自分の存在を呪った。
そんなことを思い返している内に、四肢の麻痺が取れた。
動けるようになれば、ただの娼婦を押さえ込むのは赤子の手をひねるように容易い。
目にもとまらぬ速さで、ルイを組み敷き縛りあげる。
「悪いな、大抵の薬には耐性があるんだ」
震えるルイに、イゾウは艶やかな笑みを向ける。