第15章 ハレム島に巣くう闇
瞬間、イゾウの背中にぞくりと本能的な恐怖が走った。
部屋中に無数の女の顔や腕が蠢いた。
口から血を流している女。
片腕がない女。
首が曲がった女。
それらが一様にじっっっ・・・とイゾウを見つめていた。
その目は黒い凹みのように光を失っている。
「ごめんなさい、びっくりさせて」
小梅は焦りながら言った。
曰く、長く海に囚われていて人の心を忘れてしまったこと。
自身はたまたま体の一部が地上に残り、心を失わずにいられること。
その言葉にイゾウは右手に握ったままだった白い物を見た。
「・・・お前さんの骨か?」
「えぇ、実はあなたが触れた瞬間実体になれました」
「・・・」
「でも力があるのはあなたではない、どうか・・・」
『その方に会わせて下さい』
小梅は縋りつくように言った。
イゾウは思わず顔を顰めた。
小梅を哀れだとは思う。だが、自分を取り囲む女達が無害だとはどうしても思えない。
そんな女達と沙羅を会わせたくはなかった。
だが、海神族の力に助けを求めてきた者を沙羅に判断を委ねずに勝手に話を断るのもいかがなものか。
逡巡するイゾウに小梅が言った。
「とても大事な人なのね、やっぱり無理よね」
小梅に、悪気はなかった。
だが、その言葉に怨念の塊と化している女達が反応した。
『タスケテ』
『クルシイ』
『イタイ・・・』
女達の真っ黒い目が、イゾウを見た。
タスケテクレナイノナラ
タメシニ
コノオトコを
クッテミヨウ
“タスカルカモシレナイ”
「だめっ!」
小梅が叫んだのと、女達がイゾウに襲いかかったのは同時だった。
次の瞬間、青白く冷たい光がイゾウを包み込んだ。
その少し前。
ホテルの裏手側。ヒョウと話していたと思われる男がいた場所に二人は立っていた。
建物自体に不審な点はない。
目の前には遊泳禁止と書かれた看板と広がる海。
立入禁止ではないが、やはり裏手側のせいか景色も寂れている。
念のためにと映像電伝虫を物陰に取り付けたマルコは、沙羅を振り返った。
「沙羅?」
海をじっと見つめたまま微動だにしない沙羅。
マルコも慣れた様子で数歩先の沙羅の横に立ち、同じように海を見た。
「何かあるのか?」
「多分・・・でも強すぎて“聞く”のが恐い」