第15章 ハレム島に巣くう闇
気配が遠ざかるのを充分に待ってからイゾウは口を開いた。
「で?お前さん・・・」
何者かを問いかけようとして、女の体の違和感に気がついた。
女の足下は透けて揺らめいていた。
僅かに目を見開いたイゾウを女はクスクスと笑いながら楽しそうに眺めた。
「ねぇ?お部屋に招待してくれないの?」
イゾウのスーツの中に手を差し入れ、シャツの上から人差し指の先を這わせ『二人きりになりたいの』と囁いた。
もちろん、その程度で動揺するようなイゾウではない。
くつくつと笑い、『幽霊に誘われるのは初めてだな』と笑った。
愛し合う恋人同士のように腕をからめて歩き、部屋に戻ってきたイゾウと女。
扉を閉めた瞬間だった。女は涙を流した。
「やっと、来てくれた・・・」
そして、椅子の背にかけてあった沙羅のカーディガンに手を伸ばした。
「触るな」
イゾウの体から殺気が滲み出た。
「・・・怖い顔・・・何も、しないわよ」
女はイゾウの反応を楽しむように笑いながら言うとカーディガンから距離を取った。
「何の用だ?」
先程までの甘い雰囲気はどこへやら。苛立ちを隠すこともなく口を開いたイゾウに目を見開き、『こっちが素なのね』と言うと居住まいを正した。
「私、小梅と申します、ご覧の通りこの世の者ではございません」
語り出す小梅。
和の国に生まれたが、閉鎖的な社会に嫌気が差し、国を出てハレム島に流れ着いたこと。
ハレム島では遊女として働き、面白可笑しく過ごしていたこと。
そして、ある客によって命を絶たれたこと。
そして・・・、そこで女は言葉を詰まらせた。
それでも無言で話を聞いているイゾウの目を見据えると口を開いた。
「私の、私“達”の体は・・・」
小梅はイゾウの背後、海がある方を指差した。
「海に捨てられました、凶暴な海王類が蠢く恐ろしい海に・・・」
小梅は死してなお、その体を海王類に食い散らかされ、恐怖に怯える日々を送ってた。
しかも死体は次々と投げ込まれ、哀れな魂はお互いを縛り合いどこにも行けず、眠ることもできないのだと。
今まで黙って話を聞いていたイゾウは、小梅が部屋に来てからの第一声を思い出していた。
「それで?俺にどうしろと?」
察しはついていたが、口に出すつもりはなかった。
「私を助けて欲しいんです」
『『『私達をタスケテ・・・』』』
小梅の声に、無数の女の声が重なった。