第15章 ハレム島に巣くう闇
するとマルコがくくっと笑い、『パエリア食べるんだろうが!』と言うと手を差し出した。
マルコの予想外の言葉に、僅かに戸惑うように目を瞬かせる沙羅。
それでも、すぐに嬉しそうに目元を緩ませてマルコの手を取った。
その表情には、先程の不安は微塵も感じられない。
あの日から、ずっと一人で生きてきた沙羅。
自分が海賊からも海軍からも狙われているのは理解していた。
一日、いや、一秒足りとも心が休まる日はなかった。
眠っていても僅かな物音、いや気配で目を覚ました。
あまりの疲労に人であることを捨て、何日も海中を漂いながら寝たこともある。
だが、必ず、悪夢で目が覚めた。
血塗れの父や母が助けを求める日もあった。
三人で必死に逃げ回る日もあった。
母が・・・目の前で切断される日もあった。
犯される母を助けようとして・・・自分が犯されていると気づく日もあった。
長く一人で生き、戦ってきた沙羅。
だが、今はいつもマルコがいた。
海賊と戦っている時も、
町を歩いている時も、
悪夢に目を覚まし甲板で一人眠れない夜を過ごそうとした時も、
いつだって、マルコは沙羅を見守り、変化に気づき、不安定な沙羅の心を支えていた。
だから、
マルコが笑っているだけで
不安は吹き飛んだ。
マルコが
いるだけで、
安心できた。
「・・・」
その様子をイゾウは顔色一つ変えずに、身を焦がすような思いで見つめていた。
“わかっている”
沙羅が求めたのはマルコだと。
言い知れぬ、本能的な不安を感じると沙羅は必ずマルコを頼る。
目先の不安、理由のある不安ならばイゾウでも解決できた。
だが、“何となく”感じる不安を解決できるのは白ひげと、マルコだけだった。
“何故・・・”と思わないわけではない。
しかしイゾウは何よりも沙羅の気持ちを優先させる、気持ちを大事にできる男だった。
「トシ、ちょっと付き合いな」
未だに沙羅に夢中で話しかけているトシの襟首を掴むように引っ張ると別の方向に歩き出しすイゾウ。
「イゾウ隊長?」
咄嗟に追いかけてこようとする沙羅を制し、去って行く。
首を傾げる沙羅と複雑な表情で見送るマルコ。