第13章 新世界を一人で生き抜いた女
『そうか』と返しながらも、心の片隅が苛立つのを感じる。
自分の知らない沙羅との話を、他の男から聞くのは面白くない。
ましてや、イゾウからなら、尚更だ。
マルコはイゾウを見送った時の沙羅を思い出した。
『イゾウ隊長、お気をつけて』
余程不安なのだろう。イゾウを見上げる瞳はいつもの輝きを失い、揺らいでいた。
『んな、暗い顔すんじゃねぇよ、すぐ済むさ』
それでも表情を曇らせたままの沙羅を安心させるように、イゾウは微かに沙羅の唇を親指でなぞり、最後に口角を上げるようにクイッと押し上げた。
『俺が信じられねぇか?』
すると、小さく首を横に振り、精一杯笑ってみせた沙羅。
その表情は、他の者に向けるよりも無防備で幼かった。
わかっている。
沙羅がイゾウにお琴を重ねていることは。
イゾウを男として見ているわけではないことも。
だが、イゾウは違う。
不覚にもサッチに忠告されるまで、自分の気持ちを知っているイゾウが悪ふざけしているだけだと思っていた。
しかし今ならわかる、イゾウが本気で沙羅に惚れているのだと。
“厄介だよい”
イゾウがどれ程、頼りになり、信頼ができ、いい男か、マルコ自身が一番よくわかっている。
斜に構える所はあるが、その実、誰よりも気遣いで懐の深いイゾウ。
もし沙羅がイゾウの魅力に気づいたら、
もしイゾウが“母”であることを止めたら、
考えるだけで、目の前が真っ暗になり、どん底に突き落とされるようだった。
僅かに顔を顰めたまま歩みを進めるマルコ。
その表情をイゾウは楽しそうに眺めていた。
マルコには悪いが、報われない思いに身を焦がすイゾウとしては細やかな嫌がらせをせずにはいられなかった。
沙羅がマルコの想い人だと確信を得た時、何とか自分の気持ちを抑えようと試みた。
だが、そんなことは無理な話で、無駄な努力でしかなかった。
然りとて、自分に全く気持ちのない沙羅を振り向かせることは至難の業だ。
沙羅が自分をどう見ているか、自分に何を求めているか。
イゾウには、イゾウだからこそ、わかってしまった。
母の代わりだったというお琴を、イゾウに重ねている沙羅。
親だと思われているだけでも望みは薄いと言うのに、まさかの“母親”だとは。