第12章 穏やかな日々
もう何か言うことも手も足もでない。
いや、立っていることすらままならないくらい感情が乱れてしまった沙羅。
だが、マルコはそうなることを“見越していた”かのように、沙羅を抱き寄せると歩き出した。
普段の沙羅なら、すぐにその手から抜け出して『からかわないで!』と言っただろう。
だが、男性に免疫のない沙羅にはあまりにも刺激が強すぎた。
耳まで赤くしたまま、目線を合わせずされるがままのような沙羅をマルコは楽しそうに見下ろした。
“人を煽った罰だよい”
“ずるい”と沙羅が見上げた時、マルコの心臓は存在を主張するように大きく脈打った。
“そんな顔をするな”
むくれた顔で、
“そんな目で見るんじゃねぇ”
俺に折れて欲しいからといって責めるように、
“俺を“もの欲しそうに見るんじゃねぇ””
加虐心がいっきに煽られた。
もっと、もっと困らせてやりたくなった。
俺がどれだけ心配していたか。
何より、“あの日”以降何も語らず、ただ黙って真っ二つに割れた“お守り”に毎晩杯を傾けていたオヤジがどんなに心を砕いていたか、しっかりと思い知らせてやりたくなった。
責めるように“そう”言えば、案の定凹んだ沙羅。
だが、凹ませたいわけでも、悔いて欲しいわけでもない。
ただ、知って欲しかった。
それだけ、俺達にとって大切でかけがえのない家族なのだと。
沙羅が隣にいる、それがどんなに嬉しいことなのか。
それを伝えれば、うっすらと涙を浮かべた沙羅に・・・理性の糸が“ぶつっ”と1本切れた。
“やべぇ”
このまま目線を合わせていたら、確実に貪るように唇を奪っていただろう。
すんでの所で留まり、沙羅の香りと沙羅自身を堪能するように耳元に唇を寄せた。
予想通りに、いや予想以上の反応を示した沙羅。
正直やり過ぎたとは思ったが、満たされる独占欲に笑みがこぼれた。
放心状態の沙羅を導き、着いたのは町から少し離れた小高い丘。
足下を緩やかに流れる川。
「沙羅、見てみろよい」
俯き加減にぼぉ~としたままの沙羅の耳に届いたマルコの声に、顔を、上げた。