第12章 穏やかな日々
沙羅にしてみれば、こんな事になるとわかっていたらゆっくり見たりはしなかった。
『好きなだけ、時間を気にせずゆっくり見ていい』という意味に捉えていたのだ。
正直、買ってくれるのは嬉しい。ましてや、予算外だと、後ろ髪をひかれながら諦めた事に気がついてくれたことも、嬉しくないはずはない。
だが、それと甘えるのとは別の話だ。ましてや恋人でもない妹に。
そう言おうとして、マルコが言った。
「嫌だったのかよい?」
傷ついたような、落ち込んだような気持ちを湛えた瞳が沙羅を見つめた。
「!!~~~~っ」
こちらが、何かひどく悪いことをしたかのような、そんな、罪悪感に襲われる沙羅。
“ずるい”
そんな顔をされたら何も言えなくなるのをわかっていてやるから尚更、質(タチ)が悪い。
不満と、怒りにも似た悔しさを滲ませて沙羅はマルコを睨み上げた。
「・・・」
マルコの目が僅かに見開かれ、歩みが止まった。
「?」
不思議そうに見返す沙羅の頬をマルコの手がゆっくりとなぞる。
「6年」
「え?」
「6年だ」
「・・・」
沙羅は黙ったままマルコの言葉を待った。
「おめぇ、生き死にがわからねぇ家族を心配する、オヤジや俺達の気持ち考えたことあるか?」
「!!」
胸がズキリとした。
思わず眉をひそめ、唇を真一文字に結んだ。
家族を守りたいと思ってしたことが、家族を苦しめていた。悔やんでも悔やみきれない後悔の念と、罪悪感。
だが、マルコは『そうじゃねぇ』と首を横に振り、笑った。
「責めてるわけじゃねぇ、ただ嬉しいんだ」
「?」
「今、おめぇが隣にいる、それだけで嬉しいんだ」
もう何と答えたらいいかわからないほどに、感情が溢れてしまった沙羅は黙ってマルコを見つめた。
その瞳はいつもよりも、潤いを湛えている。
マルコの唇が『沙羅』と小さく動いた。
頬をなぞる手が耳を掠め、首と頭の境目をなぞり、包み込むように後頭部へと添えられた。
見返す沙羅の瞳のマルコが大きくなっていく。
『だから・・・』近づいてくるマルコの声。
屈んだマルコの顔が沙羅の顔を一瞬見つめ、そして沙羅の左側に回った。
「甘えとけばいいんだよい」
耳元にかかる微かな息と囁かれた言葉。