第6章 だから貴方はまだまだなんですよ【中原中也】
青空一面に浮かぶ真っ白な雲。
澄み渡る空気に咲き誇る紫の薊の花。
何だろう懐かしいにおいがする。
嗚呼、これは。故郷の夢か。今更故郷に思いを馳せるなんて。
それはもう。遠い昔のことなのに。
「そういや手前は英国出身なんだってな」
ふと思い出したように中原さんは唐突に私の出身を話題にしてきた。彼の口元には火のついたタバコがくわえられている。
「はい。・・・まあ、今は国籍は日本ですけどね。私云いましたっけ?」
「いんや、芥川から聞いた」
「嗚呼・・・・、彼、ですか」
先ほどまで見ていたあの夢を再び思い出し、自嘲する。
自分がこれほどまでに情けないとは。
未だ、心のどこかに焦燥と焦がれる思いと深い哀愁を負っているのは、心の弱さの表れか。
中原さんはそこまで興味のない話題だったのか早々に煙草を吸い終え、行くぞ、と私に同伴を求めた。私は素直に応じる。
思えばこの世界に入ってから彼此十数年も経つのか。何だか味気ない人生だったような気もする。
人を殺すのはもう慣れた。
それが一番恐ろしいことだと、誰かが言っていた。しかし、それは違うと、私は思う。殺しに慣れるのは、悪いことではない。自分を守る手段だ。血みどろの世界で生き抜くには必要なスキルであっていつまでたっても慣れない奴から死んでいく。迷えば終わり。生か死か。なら私は、最後まで誰かを殺す立場でありたい。もともと人間には、奪う側と奪われる側の2種類しかいないのだから。
「何考えてんだ」
「いいえ、特に何も。ただの詰まらぬ妄想ですよ」
「・・・そうか」
此処は、居心地が良い。
彼も私も居心地が良いから此処にいつまでもとどまっている。
逆に言えば、此処にしか居場所がないのだ。
殺すことで、明日を生きる。奪うことで奪われずに済む。
嗚呼、なんて皮肉な世界なんだろう。
神様が存在するのだとしたら、私は一言言ってやりたいぐらいだ。
「お前が神なら、私から奪われるものを救ってみろ」
「そうして私を殺してみろ」
いっそ死んでしまえば楽なのだろうか。
殺すことで生きるのに、意味があるのだろうか。
否、もともと生きることに意味などないのがこの世界の条理であったか。