第8章 第八章
夕飯を食べてから本丸の廊下を歩いて行く、中庭の池から顔を覗かせて少しばかりのんびりと寛いでいた。その時背中越しに話し掛けられて振り返る、淡い黄色の髪に白い上着が風になびいていた。
「君…こんな所で、憂いを帯びた顔でなにを思い耽っているんだい?」
「!…髭切さん、こんばんは」
私は立ち上がり笑うと彼も微笑み返して頷いた。近付き一緒に池を眺める、池にはゆらゆらと色とりどりの鯉が泳いで見えた。パシャと水が跳ねる音を聞く、見惚れるようにほぅと吐息を漏らした私にチラリと髭切さんの視線を感じた。
「髭切…さん?」
「君はこの本丸の主…だよね?」
「い、今更ですか?」
「僕物覚えが悪くて。それに千年も刀やってるとねぇ…大抵のことはどうでもよくなってくるんだよね」
「あっ、はい。そうですか…」
のんびりな口調に何度か瞬きして苦笑いする私はまた鯉を眺めて見る。餌付けされているのか私と髭切さんの周りに鯉が集まりパシャパシャと水が跳ねた。と言っても今私の手元にはなにもない為、また今度鯉の餌を買うとしようなどの事を考えた。
「そう言えば髭切さんはどうしてここに?」
「主がここにいたのが見えてね、君が一人なのって珍しいからつい声を掛けてしまったんだよ」
「そうだったんですか、私も髭切さんと話しがしたかったから丁度良かったです」
「君が僕に話しかい?」
「あっ、いや…話しと言ってもそこまで大事な話しでもなくてですね。えぇと、世間話と言いますか…」
「世間話…例えば?」
少し意地悪そうな表情で微笑まれて私はぐっと口を閉してしまった。例えば…例えば、なにを話せばいいだろうか。髭切さんの名は知っていたけれど、これと言って今のところ接点はなかったのである。話しをしようとしてもこの広々とした本丸で会えずじまいで、髭切さんから話し掛けて貰えて良かったと思う。
「うーん…そうですね。それじゃあ髭切さんはこの本丸で長いんですか?」
「僕かい?僕は長いような長くないような…」
「それは結局どちらなんですか…」
「どうだろうね」
あははは。と穏やかに笑う髭切さんの声を聞き表情を見上げる。これは答える気がなさそうというより、まさか覚えていないのだろうか、駄目だ全く表情が読み取れない。
「ふふっ…髭切さんって見かけによらず意地悪ですね?」
「へぇ…それなら聞くけど主は僕をなんだと思っているんだい?」