第1章 『夢を見せて』
「あっれー?田中くーん?久し振りー!」
振り返る、革ジャン(仮称)と女。
「あれー?そっちの人、カノジョさん?田中くんも、隅に置けないねぇー!」
因みに、田中という苗字は、咄嗟に私が考えたもので、特に意味は無い。革ジャン(仮称)は、「えっ……」と呟いたきり、ぽかーんと口を半開きにしている。何とも、情けない顔だ。その傍ら、女は鬱陶しそうにして私を見た。
「あっ、そっちは人通り少ないし、カノジョさん案内するなら、危ないからやめたほうがいいよー!」
私は、革ジャン(仮称)の顔を見ながらも、視線だけで女をチラリと見やる。女は、心から忌々しそうだった。今にも舌打ちのひとつでも聞こえてきそうなほどの顔だった。やっぱり、「そういう女」だったんですね。そうですよね。バレバレですよ。人を騙すなら、もっと上手にやれと言いたいところだけれど、革ジャン(仮称)は引っかかったわけだから、世の中は、実はそれほど難しくないのかもしれない。
そこへ、見回り中の警官2人組が、歩いてきた。女の立ち位置から警官の姿は見えないはずだが、何かに勘付いたかのようにして、女は路地の奥へと消えて行った。あとは必然的に、革ジャン(仮称)と私だけが、その場に残される。
「……。」
「……。」
お互いに無言。当たり前だ。革ジャン(仮称)は、無言で私を見つめており、何とも気まずい状況だ。仕方が無いので、ここは私から口を開く。
「あ……、あの、ごめんなさい。余計なことをして。でも、あの手のキャッチには、気を付けた方が良いですよ。それじゃ、失礼します。」
私は革ジャン(仮称)を見ることなく、駅へと向かうべく、踵を返した。今ので、1本電車に乗り遅れただろう。