第46章 暇乞い
ヒルゼンが頷いたのを確認すると、ルナはニコリと笑って、ヒルゼンの耳元に唇を寄せた。
「…………皇レイという人間は、初めから存在しなかった。俺のことは、今日限りで忘れて下さい。
もし俺のことで何か問い詰められることがあれば、知らぬ存ぜぬ、あやつに操られていたのだと言ってもらって構いません。
まあ、そうならないように努力するつもりですが。」
「ルナ、そんな……」
ヒルゼンが、そんなことはできない、とでも言いたそうにルナを見る。
「三代目様ぁ〜?今はまだ、皇レイ、ですよ?」
うっかり本名を口走ったヒルゼンに、ルナがイタズラっぽい笑顔を向ける。
「おお、すまぬ……しかしだな、レイ…………」
「俺のことはご心配なさらず。三代目様こそ、お身体に気をつけて、無理はなさらないで下さいね!
次は、おじい様って呼んじゃいますよ!じゃあ俺、もう行きますね。さよなら!」
ルナはヒルゼンの両手を握って適当に上下に振ると、何か言いたげなヒルゼンを強引に振り切って、足早にその場を去った。
「ルナ…………」
ルナがいなくなった後、ヒルゼンはその場に立ち尽くして、しばらく放心していた。
(儂は最後まで……ルナに何もしてやれないのか…………)
そして、木ノ葉崩し以降ずっと鈍く痛んでいた腕が、軽々と動かせるようになっていることに気づく。
(なっ…………腕が……治っている……!)
そして、さっきはただの別れの挨拶か何かに思えた、ルナの突然の握手が、このためだったことに気がついた。
——————お身体に気をつけて、無理はなさらないで下さいね!
ヒルゼンの頭の中にルナの声が木霊して、最初から完璧な治療はせず、今になって完全に腕を治療した理由が、
ヒルゼンに引退を促すためであったことも、それがヒルゼンのためを思ったことであったことも、理解した。
(ルナ……お前は、本当に…………)
「………………優しい子じゃ。」
ヒルゼンは小さく呟くと、家の中に入り、玄関先に座り込むと、唇を噛み締めて静かに涙を流した。