第1章 まぼろし
「何で…?」
ヤツが、先に俺の部屋に入って俺を振り向いた。
「だから、早く言わないともう手遅れになるんだよ!」
「誰に?何を?」
「潤の好きな人に、その気持ちを!」
…なんでこんなに、ヤツは言うんだ?
どうしてヤツは、俺にこんな話をしているんだ?
「ねぇ、潤。」
「…んだよ」
「お願いだから、今すぐにでも、行ってよ。」
誰のところに?
誰?
君の元へ?
「無理だよ…」
「無理なことなんてない!」
なぜかヤツの瞳からは、大粒の雫が溢れていた。
「ねぇ…なんで…なんでよ、潤…。
だって…潤の好きな人は、近くにいるんだよ…?
どうして…手に届くところにいるのに…
手に入れようとしないんだよ…」
どうしてか、ヤツの声が頭の中を反芻した。
ぐわんぐわんとこだました。
『どうして…手に入れようとしないんだよ…!』
それは、怖いから。
全てを手に入れようと欲張って、
全てを失うのが怖いから…
頭がキーンと痛くなった気がした。
「潤⁉︎どうしたの⁉︎」
うずくまった俺に駆け寄ったのは、
ヤツの姿をした、君だったように錯覚したんだ…