第1章 まぼろし
その夜。
また貴方はやってくる。
同じ時間、決まって俺の部屋の鍵が開くのだ。
部屋の暗黒の静寂に、鍵の開く無機質な音が響く。
足音が廊下を駆け抜け、俺の居るベットへと冷気を運ぶ。
ガッチャ、とベットサイドの机に鍵を置いて
衣摺れの音が俺を蝕む。
「ただいま」
嘘だ。
ここは貴方の家じゃない
背中に感ずる冷たさ。
背中からまわってくるごつい腕。
耳許にかかる生温い吐息。
全部全部、手に入れたいのに。
貴方の全てを。
「こっち向いて…」
眠っているフリを決め込むのも
貴方が俺を押し倒すまで貴方を見ないのも
名前を呼ばないのも
達する時だけ、愛を叫ぶのも
総ては、この俺らの儀式のしきたりで。
それを破るなんて出来ないのに。
「ほら、脱げよ…」
優しい顔してる貴方を感じたくて
あなたの胸板の厚さを感じたくて
あなたを見詰める。
俺を撫で回る不器用で太い指も
カーテンを開けた窓から差す、月明かりに照らされた
あなたの美しすぎる顔も
総てを、ちょうだい…?