第5章 捨てるもの
「…陽暮ちゃんが、どうして?」
芳村さんにはまだ伝わっていなかったようでさすがに少し笑顔が歪んだ。
いざ口にだすと、涙がとめどなく溢れてくる。
一粒…一粒…ゆっくりと…止まることはなかった。
「飢餓…」
「…?」
「喰種の飢餓は…地獄です…」
「つまり…陽暮ちゃんは、飢餓状態だったということかな?」
それでも芳村さんはいつものように優しい声で私を包んだ。
「はい。私の勝手な…っ…欲望でした…。母は人間なのに…なんで私はっ…っ…人間じゃないの…」
ゆっくりと流れていた涙は急にぼたぼたと音を立てるように私の拳に落ちていった。
「肉を拒み…それでも何度も母はぁ…っ…肉を喰わせようと…。なのにぃぃ…!!私は…死のうとした…ッ」
「それで…?」
「そして…母を殴り…っ…殴り…なぐ…り…っ…母は…私に自分の肉を喉の奥までおしこんだぁぁ…っうぅ…」
芳村さんはそっと私の肩を撫でてただ黙っていた。
魔法がかかったように私の涙はふと止まった。
真っ赤に腫れた瞼が重い。
「そこからは…覚えてないんです。
でも、私が狂ってしまったのは、間違いありません。
気が着いた頃にはもう、私の前には骨しかありませんでした。」
「そうか…。辛かったね」
「私は…どうしたらいいんですか」
芳村さんは一つ息をついて天井を見上げた。
「眼帯の彼は…人間だったんだよ」
「…ぼ、僕…ですか?」
まさかの言葉に彼に視線を送った。
彼も困ったようにへらへら笑った。
「でも彼は…この店で、この世界で生きている。
陽暮ちゃんにも、できるはずだよ」
「この店に…おいてくれませんか、芳村さん」
「最初からそのつもりだったよ」