第1章 ファン1号の憂鬱
だって彼は、私とそう変わらない歳の男の子なんだから。
それなのに、私は徹くんが選手をやめるって聞いて、ショックで、待ってたのにって裏切られたような気持ちでいっぱいで、彼のことを深く考えたりしなかった。
「私、徹くんファン失格かも……」
「なに、いきなりどうしたのよ」
「だって、ミカさんみたいに徹くんのこと考えられなかったし……」
「普通は考えないよ、私は勝手にそうだったんじゃないかなーって妄想してるだけ」
ミカさんはまたからから笑う。
私も勝手に妄想してみた。
徹くんが悩んだんじゃないかな、と思うこと。
怪我した脚はまだ痛むんだろうか、周りからもう辞めたほうがいいって言われたんだろうか、それとも、自分で自分の限界を感じた?
考えて、泣きそうになった。
ミカさんが私を慰めるように背をさすってくれて、優しさにまた涙が流れそうになる。
やっぱり私は徹くんが好きだ。
じゃなきゃこんなに泣きたくなるはずがない。
― ■ ―
徹くんがヴィクトルのコーチになって初めてのグランプリファイナル。
毎回チケットが取れなくて悔しい思いをしていたのに、何故か今回は運良く取ることができた。
もちろん、私とミカさんの二人分。
そこで見たヴィクトルのフリースケーティングに、私は宮樫徹を見た。
しなやかな動きの一端一端、中性的で艶めいた表情。
今までのヴィクトル・ニキフォロフにも、それはもちろん備わっていたけれど、何かが違う。
頭の良くない私は上手く言語化できないし、伝えることができないけれど、私はただ漠然と、そこに宮樫徹の影を見たのだ。
徹くんがいる。
ヴィクトル・ニキフォロフの中に、宮樫徹の色がある。
「ミカさん……」
「ん、どうしたの?」
手が震えていた。
初めて徹くんの演技を見た時と同じ震え。
もう誰もいなくなってしまったスケートリンクから、私は目が離せなかった。
脳内で何度も、そこを舞うヴィクトル選手の動きが再生される。
「徹くんが、あそこで徹くんが踊ってるみたいに見えました」
「……うん、私も見えた。あるんだよ、ヴィクトル選手の中に、宮樫選手のスケートが」