第1章 ファン1号の憂鬱
「ゆ、夢じゃなかった…………」
私は震える手でスマートフォンを握り、感涙の涙を流す。
ルターバックスのど真ん中でいきなり泣き出す女子大生に、まわりがドン引いているのは分かったが、泣かずにはいられなかった。
スケオタ友達のミカさんが、私の背中をぽんぽん叩いて慰めてくれた。
「うんうん、そりゃ涙も出るよね」
「分かる!?分かるよね!?」
「私も泣きそうだったし。まさかヴィクトル・ニキフォロフのコーチだなんてねぇ」
「だよね。復帰してくれるのが一番だけど、まだ徹くんがフィギュアスケートの世界にいてくれるってだけで嬉しいよ」
ミカさんも私と一緒で徹くんオシだ。
徹くんの中性的で艶っぽいところが好きなんだとか。
バイト先の正社員さんで、そこで知り合ってからはお休みを一緒にとって、観戦に行ったりもするようなスケオタ仲間だ。
「私ほんとは、宮樫選手このままいなくなっちゃうんじゃないかなって思ってたんだよね」
「なにそれ、ミカさんは徹くんに戻ってきてほしくなかったってこと?」
「そんなわけないでしょ」
ミカさんはからから笑う。
「怪我したって聞いてから、宮樫選手はどんな気持ちで毎日いたのかなって考えててさ」
「怪我してから……?」
「不安でいっぱいで、やめなきゃならないだろうな、って気持ちもあって、それでもスケート辞めたくないって、葛藤してるのかなって」
ミカさんは大人だ。
そりゃ大学生の私と違って社会で数年経験を積んでいるのだから、当たり前なのかもしれないけれど、私の知っている大人の誰よりも、落ち着いて達観していると思う。
やっぱり、私の好きとミカさんの好きはベクトルが違う気がする。
ミカさんの徹くんが好き、はお姉さんとかお母さんからの好きに似ている。
そういう、私にはない視点で徹くんの話ができるミカさんを、私は尊敬しているし憧れている。
「つらかっただろうなぁ。それでも、逃げなかったんだよね。宮樫選手は」
「うん…………すごいよね」
私、考えてもみなかった。
徹くんがどんな気持ちで休養をとっているとか、引退を決意したとか。
葛藤がなかったはずがない。
悩んだし、迷ったし、辛かったはずだ。