第1章 ファン1号の憂鬱
曲によって表情を変える彼を見ているのが、本当に好きだったのだ。
綺麗で、かっこよくて、優しくて、少しだけ寂しそうな時もあって。
でももう、そんな彼を見ることができなくなってしまうんだ。
『僕は、まだ全てをあきらめていません』
真っ直ぐな徹くんの声で、私はもう一度画面を見る。
『今日はもう一つ。皆さんにお伝えしたいことがあります。その前に、彼を紹介させてください』
徹くんが舞台袖にいる誰かを呼ぶ。
その誰かが壇上に姿を表した瞬間、私は叫んだ。
だって、だってだってだってだって、だって!
叫ぶしかないじゃない?
こんなの、叫ぶ以外にどんなリアクションをとったらいいか分からないじゃない?
『紹介するまでもないかもしれませんが……彼はロシアのフィギュアスケーター、ヴィクトル・ニキフォロフ』
知ってる!!
知ってるよ徹くん!!
わざわざ紹介するなんて律儀だね徹くん!!
画面の中のヴィクトルは徹くんの紹介に微笑んで、そっと彼の肩に手を置く。
「そして…………今日から彼は僕の生徒です」
叫んだ。
一回目で声帯が爆発するんじゃないかってくらい叫んだけれども、それ以上の声が出た。
声帯が過労死を訴えるくらいには叫んだ。
ヴィクトルが徹くんの生徒?逆じゃなくて?
徹くんがヴィクトルのコーチになるってこと?そうよね?
私夢でも見てるんじゃないかな。
きっとそうに違いない。疲れてるんだ。
とりあえず1回寝よう。
頭を整理するんだ。
「ちょっと!お姉ちゃんさっきからうるさいんだけど!!」
スパーンと勢い良くふすまが空いて、妹君が乗り込んできた。
「妹よ……私は夢を見ているらしい」
「なんの」
「徹くんがヴィクトルのコーチになる夢」
「はぁ!?なんで宮樫選手がヴィクトル様のコーチになんの!?」
妹はヴィクトル選手一筋だ。
その情熱は私の徹くん好きに匹敵するものがあるけれど、様付けで呼んでいるあたり、私よりも宗教的で盲目的だ。
そんな妹に私は言葉もなくテレビを指差して力尽きる。
数秒後に妹君の絶叫と、母上の「あんたらなにしとんの!」というお叱りが聞こえたが、私には起き上がる気力がなかった。