第1章 ファン1号の憂鬱
私は宮樫徹が好きだ。
と、言っても。
私の好きは彼女になりたいとか結婚したいとか、そういった類のものではなくて、憧れとかそういうやつだ。
だって私は宮樫徹の友人でもなければ、クラスメイトでも同期でもないし、直接会って話したこともないのだから。
私が彼を見ることはあっても、彼が私を見ることはない。
彼はフィギュアスケートの選手で、私はただのファン。
それだけだ。
でも、この好きって気持ちに嘘はないつもりだ。
だってそうでなければ、私が彼の言葉にバカみたいに泣いているのか解らない。
『僕はもう、引退することを決めました』
真剣な面持ちで、追いかけ続けたテレビの中の彼は宣言した。
ライブ映像。
電波の向こうで今まさに彼が話している言葉のひとつ、ひとつが、私の胸に突き刺さる。
宮樫徹選手は――――いつも私は彼を徹くんって呼んでいるから、そう呼んだほうが自然な気がする――――前のシーズン後半に怪我をして、それからぱったりと消息をたっていた。
復帰できる望みはあるって、あの時は言っていたのに、やっぱり彼は、氷の上には戻ってくれないんだ。
苦しくて、いっぱいになった気持ちをどっかにやりたくて、私は目の前のクッションを抱きしめる。
『今まで応援してくれた方々には、本当に申し訳ないと思います。僕のことを待っているって言ってくれていた、リンクメイトにも』
そうだよ、私待っているって決めたの。
徹くんがまた滑るところが見たかったの。
迷いを全部捨てた徹くんの顔は晴れやかで、あぁ、彼は本気だ、と確信してしまう。
抱きかかえたクッションに涙がボタボタ落ちた。
『引退されたあとは……』
『療養されていましたが、引退を決意された理由は』
インタビュアーが次々と徹くんに質問を投げかけていく。
彼の答えを聞きたいけど、聞きたくないっていう気持ちもあって、私はクッションに顔を埋めた。
徹くんがシニアデビューしてから、ずっと。
私は徹くんを追いかけて、追いかけて、追いかけてきた。
彼の載っている雑誌は全部持っている自信があるし、彼の出ている番組は全部ブルーレイディスクに保存している。