第19章 黄瀬涼太 【R18】
足音をしのばせ近寄ったソファの上で、丸まって寝息をたてる姿はまるでネコ。
(無邪気な顔で寝ちゃって……)
湧きあがるイタズラ心を封印し、そっと触れた髪から立ちのぼる香りに、疲弊した心がほっこりと和む。
「飢えたオオカミさんに食べられちゃっても知らないっスよ~」
その言葉とは裏腹に、宝物のように結の身体を抱きあげる黄瀬の切れ長の瞳が、やわらかな弧を描く。
カメラマンが見たら、興奮しながらシャッターをきるに違いないその表情は、残念ながらスタジオでは決して見ることの出来ないオフショット。
「ん」とかすかに身じろぎ、不機嫌さをあらわにする額に謝罪のキスを落とすと、黄瀬は片肘で寝室のドアノブを器用に押し下げた。
丈夫なマットレスが気に入って、新居に迎え入れたベッドはキングサイズ。
『これでどんな体位もバッチリっスね』
ショップで耳打ちされ、目を白黒させていた可愛い顔を思い出しながら、慎重に結の身体を下ろしたベッドが、主を待ちわびていたかのようにわずかに軋む。
「ぅ……ん」
「ゴメン、起こしちゃった?」
「りょ、た……?」
そうつぶやく声は寝言に近い。
「そのまま寝てていいから」と頭をなで、布団を掛けようとした黄瀬は、腕に触れてくる小さな手を、かすかな期待をこめて握りこんだ。
「なーに?オレがいなくて淋しかったんスか?」
まだ夢の中にいる恋人から、レアなささやきが聞ける確率は通常よりも二割──いや三割増し、か。
群がる美女をあしらい、乾杯のシャンパンを断ったご褒美を、どこかにいる恋の神様が叶えてくれる瞬間は、いつどこでやって来るか分からないのだから。
「む」とへの字に曲がる口からこぼれる声を拾おうと、耳を近づけたその時。
「……涼太の、ばか」
どくん、と胸の奥で鼓動が跳ねる。
それはどんな囁きも敵わない最高のご褒美であると同時に、めったに聞くことの出来ない彼女の憂い。
苦しいのに嬉しくて、愛しすぎてどうにかなってしまいそうだ。
「オレの全部は結、お前のもんだから」
薬指のリングを指先で弄びながら、溢れる気持ちを抑えきれずに、一日たりとも欠かしたことのない『ただいま』のキスを送ると、めずらしくキスで応えてくれる唇を、黄瀬は優しく、慈しむように啄んだ。