第19章 黄瀬涼太 【R18】
『──行きの最終電車が到着します。お乗り遅れのないようご注意下さい』
かすかに耳に届くアナウンスに胸を撫でおろすと、黄瀬はホームへ続く階段を駆けおりた。
よければ車で送っていくが、という結城の申し出は有難かったが、渋滞に巻き込まれないとも限らない。
「もー……こんな遅くなるなんて聞いてないっスよ」
滑りこんだ車両でふぅと息を吐き、ささやかな不満をもらす唇がつい緩むのは、もうすぐ彼女に会えるから。それがたとえ寝顔だとしても。
扉に身体を預け、流れていく景色を追いかける横顔から、疲労の色は消えていた。
いってらっしゃい、と笑顔で送り出してくれた恋人と一緒に暮らしはじめたのは、高校を卒業してすぐのこと。
そして、モデルの仕事を完全に辞めなかったのは、『基本、親には頼らない』とふたりで決めたルールを守るため──という以外にも理由があった。
それは、軽い気持ちではじめたこの仕事にプライドを持つようになっていたことと、社交的な彼の性に合っていたということ。
(でも、もっとワガママ言ってほしいんスけどね)
本当ならば、奮発して買ったシャンパンを開け、彼女とふたりでハタチの記念日を祝うはずだったのに。
理解のありすぎる恋人というのも考えものだ。
「もうこんな時間、か……」
遅くなりそうだから先に寝てていいっスよ、と心にもないメッセージを送ったことを少しだけ後悔しながら、黄瀬は車窓に映る髪をくしゃりと掻きあげた。
今日の天気は予報通り雨のち曇り。
街灯に照らされて光る水たまりをよけながら、マンションに続く道を蹴る長い足が、たどりついた玄関の前でピタリと止まる。
呼び鈴を鳴らさず、そっと差しこんだ鍵に揺れるキーホルダーは、Rの文字が光る彼女からのプレゼント。その後、店を聞き出してお揃いにしたことは言うまでもないが。
肩でひとつ息をつくと、黄瀬はズシリと重い扉を静かに開けた。
「ただいまぁ……」
玄関からまっすぐ伸びる廊下の先、リビングに続くドアのすりガラスから漏れる明かりに、見えない尻尾がふぁさりと揺れる。
日付けはもう変わってしまったが、やはり一日を締めくくるのは大好きな笑顔の隣がいい。
軽やかな足取りで近づいたドアを開け、「結!」と叫ぼうとした黄瀬は、間一髪というところで口を閉ざした。