第19章 黄瀬涼太 【R18】
「呼んだっスか?結城サン」
「その顔、助け舟は必要なかったようだな」
きっちりと撫でつけられた黒髪は今日も一部の隙もなく。読者モデル時代の担当マネージャーだった結城礼人は、ツーポイントの眼鏡を指で軽く押し上げた。
自身がモデルとして通用しそうな体躯をつつむスーツは光沢のあるアッシュグレイ。
誰もが認める幅広い視野と頭脳明晰さを買われ、彼は30代半ばという若さにして、今や社長の右腕として事務所になくてはならない存在だ。
豪傑な印象のある社長とは対照的に、彼の佇まいは深い森の奥にひっそりと水をたたえる湖面のように静かだった。
その鋭い観察眼を除けば、だが。
「まぁ、お前なら美女のひとりやふたりあしらうのはお手のものだろうがな」
「ヒドッ!」
わざとらしい泣き真似を気にかける素振りも見せず、結城は高級そうな腕時計に視線を落とした。
「もういいぞ」
「へ」
「今日はよくやってくれた。結さんにはあらためてお詫びに伺うと伝えてくれ」
それは帰宅の許可を含んだ労いの言葉。
だが、この日のために彼をはじめ、どれだけ多くの人達が駆けずり回ってくれたのか、想像するのは難くない。
黄瀬は神妙な面持ちで姿勢を正した。
「いえ、いつも本当に有難うございます。オレ今、こっちの仕事あんまこなせてないのに」
「なんだ、お前にしては殊勝だな。あ、殊勝って意味分かるか?」
「オレのこと、どんだけバカだと思ってんスか」
辛口なのがたまにキズ。
だが、「涼太」とうすいレンズの奥で色を変える瞳は、ハッとするほどの真剣味を帯びていた。
「お前はモデルだけじゃなく、俳優としても十分に通用する才能があると私は思っている」
それは滅多に褒めることのない結城の、紛れもない本心であることは声のトーンで分かった。
「結城サン……」
「勿論、演技の勉強は必要だがな。海常の先輩にも言われたんだろ?モデルは出来ても役者は無理だって」
「ちょ、なんで知ってんスか!?」
強烈なカウンターは、タイプこそ違うが、今でもモデル界のトップに君臨する彼とどこか似ていて。
「簡単な話だ。私はモデルキセリョのプロデューサーであると同時に、プレイヤー黄瀬涼太のファンなんだよ」
残念ながらな、とクールな表情を崩さない昔のマネージャーに、黄瀬は飾り気のない笑みを浮かべた。