第19章 黄瀬涼太 【R18】
「ったく……社長もこれ幸いと盛りすぎっスよ」
悲鳴にも似た歓声の中で行われたサイン会と握手会で、今も鼓膜と手のひらがヒリヒリと痛む。
応援してくれるファンには感謝しているが、よりにもよって何故今日なのか。いや、今日だからなのだが。
細いグラスの中で優雅にたゆたう黄金色は、おそらく高価な一品のはずなのにテンションは下がったまま。
乾杯のシャンパンには一切口をつけることなく、カメラマンや出版の関係者たちにひと通りの挨拶をすませると、黄瀬涼太は髪を耳にかけた指で、左耳のピアスを揺らした。
(はやく帰りてぇ……)
社長の許しを得て、スタイリストが用意してくれたファッションを辞退したのは、一秒でも早く帰るため。
もっとも、なんの飾りもないシンプルなシャツと、くるぶしが見える丈のスリムなデニムというラフな私服姿は、会場で談笑する紳士淑女の誰よりも輝いていたのは言うまでもない。
自然と集まる熱視線を浴びながら、今日の主役は、疲れと寝不足から何度も出そうになる欠伸を、懸命に噛みころした。
「ねぇ、リョータ。ふたりで抜けちゃわない?」
ふいにしなだれかかる身体から漂ってくる香水はローズ系。
適度ってものを知らないのだろうか。
鼻が曲がりそうなキツい香りに心の中で舌打ちしながら、黄瀬はビジネス用の笑顔をはりつけた。
「オレ、一応今日の主役なんで」
雑誌の表紙を何度も飾る有名モデルかなんだか知らないが、馴れ馴れしく腕を組み、谷間を強調するワンピースでこれみよがしに胸を押しつけてくるオンナに、何の感情もわいてくるはずがない。
サイン会に続き、ファンとの握手会でクタクタだというのに、これ以上の面倒は御免だ。
「あら。オンナに恥をかかせるつもり?」
堂々と交際宣言をした恋人と同棲中であることは周知の事実。にもかかわらず黄瀬涼太を狙うメス達はあとを絶たない。
(セッソウってものを知らないんスかね)
だが、その無駄に高いプライドを刺激することは賢明ではない。だからと言って機嫌取りをするつもりもないが。
「まさか。アナタを心配してるんスよ。撮られたら困るでしょ?失礼、マネージャーが呼んでるんで」
「あん」
毒々しい色をまとった猛禽類の爪をひらりと躱すと、黄瀬はにぎわう会場の真ん中をすべるように横切った。