第13章 笠松幸男 *
それまでバスケには縁がなかったという彼女の心を動かしたものは一体何なのか。
それを確かめる術を持たないまま、最初こそ何かと話しかけてくれる彼女とまともに会話することなど、恋愛初心者の笠松に出来るはずもなく、月日は無情にも過ぎていくばかり。
『なんや笠松、お前まだソレ治ってないんかいな』
『う、うっせーよ!』
笠松の苦手意識に気づき、さりげなく距離を置くようになった彼女に、安堵すると同時にモヤモヤする胸の意味も。
学部が同じだという宮地と、講義の話を真剣に交わす姿にノドの奥がザラつく理由も。
いくら探しても答えは見つかりそうにない。
『差し入れ、ここに置いておくので良かったらどうぞ』
『お、おう。いつもワリィな』
遠慮がちな声に、ありきたりながらもようやく返事が返せるようになったところだったのに。
「風邪……?」
今日はあの声に──あの笑顔に会えないと思うだけで、こんなにも気持ちが沈んでいく原因に心当たりがない訳ではない。
ただ、認めるのが怖いだけなのだ。
「ここんとこ、一気に気温が下がったからのう。幸いインフルエンザではなかったようじゃがな」
今吉の背後でゆらりと動く大きな影は、動く城ならぬ動く巨木。
意気投合した彼女と番号を交換をし、女子と連絡先を交換したのは生まれてはじめてだとむせび泣いていた岡村が、情報源なのは明らかだ。
「練習がんばってください、と皆に伝言預かっとるぞ。試合までには治るといいのう」
第一志望の大学に合格し、東京デビューを果たした岡村は、その巨体に似合わないイジられキャラと『なぜじゃあーー!』という口癖が周囲にウケ、今や学内ではなかなかの有名人で、ひそかに女子にも人気があるらしい。
知らぬは本人ばかりっちゅうことか、という今吉の皮肉めいた声を思い出しながら、笠松は目の前にそびえる壁をゆっくりと見上げた。
そう、たしかに岡村はいい奴だ。
(お節介すぎる性格さえなければ、な)
「宮地は見舞いに行くと言っとったぞ。借りてる本を返しにいくついで、らしいがな」
「あっそ」
「心配じゃな。笠松」
今吉といい、岡村といい、自分の周りにはクセのある人間が多すぎる。
だが、不快さは一ミリもない。
「うっせーよ」
身長二メートルを超す岡村の特徴あるアゴに、笠松は反撃のジャブを軽く打ちこんだ。