第13章 笠松幸男 *
結局、見舞いを固辞しているという彼女の家に誰も行くことはなかった。
これは想像でしかないが、ただでさえ多忙なメンバーのことを気遣い、また風邪をうつしたくないという彼女の配慮であることは間違いない。
もっとも、学校を休んだクラスメイトにプリントを届ける小学生じゃあるいし、大勢で押しかけるのは、まだ臥せっているであろう彼女にも、彼女の家族にも迷惑だろうという結論に、満場一致でたどりついたことは言うまでもない。
(デカい図体でゾロゾロと家なんかに行ったら、通報されたりしてな)
気が付けば彼女のことを考えている自分が、滑稽すぎて笑える。
「どーしたってんだよ、俺は」
首にかけたタオルで濡れた髪をガシガシと拭きながら、自分の部屋に戻り、ベッドの上に放置した携帯を拾い上げる。
そろそろ観念した方がいいのかもしれない。
画面に滑らせた指を止めて考えること数秒。
意を決したように息を大きく吸いこむと、笠松は通話ボタンを押し込んだ。
呼び出し音が、今日はやけに耳に響く。
『ハイハーイ!みんなのアイドル、黄瀬涼太っス!』
数回のコール音の後、電話越しに響く陽気な声に、軽く舌打ち。
だが、相談できる相手が他に思いつかないのだから仕方ない。
『あ!今、舌打ちしたっしょ!?めずらしくセンパイから電話くれたと思ったらその仕打ち!ヒドくないっスか!』
「うっせー!電話口でピーピー騒ぐんじゃねー!シバくぞ!」
あの頃に戻ったかのようなやりとりに、一瞬ゆるむ頬を引き締める。
誰も見ていないのだから、そんな心配をする必要はないはずなのに。
『センパイ?どーしたんスか?なんかいつもの迫力がない気がするんスけど……どっか具合でも』
トーンを下げた声色に、心の中でこっそりと白旗を振る。
本人にそれを告げるつもりは毛頭ないが。
「ちょっと、相談したいことが……ある、ような……ない、ような」
『なんスか、それ?』
自分でも完全には把握できていないこの感情を、生意気な後輩にどうやって説明したらいいのだろう。
笠松は短い髪をかきむしりながら、自分の経験値の低さを悔やむように、眉間に深いシワを刻んだ。
end