第13章 笠松幸男 *
『も、もしかしたらStrkyの……っ!』
いっせいに周囲の視線を集めるほどの大声に、一番驚いたのは本人だったのだろう。
『っ……いきなり声をかけてごめんなさい!失礼します!』と勢いよく頭を下げ、その場から立ち去ろうとする彼女を引き留めたのは、山盛の白米をたいらげ、最後のデザートに取りかかろうとしていた岡村だった。
『もしかしてあの試合を観てくれたんか。いやはや、情けない試合だったじゃろう。すまんな』
自嘲するでもない、だが無念さを隠しきれない声に、足を止めた彼女の小さな手が、ピクリと弾ける。
『そんな……っ、そんなことない、です!』
思いもかけない反応に、岡村と顔を見合わた後、そっと見上げた視線の先にあるまっすぐな瞳に鼓動が跳ねる。
(この感じ、確かどこかで……)
既視感とは違う感覚に、首の後ろがざわりと粟立つ。
『わたし、バスケのこと……あまり知らないのにすみません。でも、私にとってあの試合は、その……あぁ、どうしよう。うまく言えない』
懸命に言葉を選ぼうとする彼女の頬が、プリンの上に飾られたチェリーのように朱に染まる。
センパイ?どーしたんスか?と途切れた会話を不審がって、電話の向こうでキャンキャンと騒きだす犬の鳴き声を上の空で聞きながら、笠松は手の中の携帯を強く握りしめた。
屈辱ともいえるあの試合のどこに、感動する要素があったというのか。
いや。それぞれが全力を尽くし、どれほど点差が離れようとも最後まで諦めなかったことに悔いはなかったが。
(そう、俺たちのバスケはアイツが……アイツらがきっと証明してくれる)
『──ワシは秋田の出身なんじゃが、バスケ部の後輩にスゴイやつがおってのう』
『そうなんですか!?岡村さんが一目置くなんて、きっとスゴい選手なんでしょうね!』
『天才がゆえに、手のかかるヤツじゃったがな』
いつの間に自己紹介まで済ませたのか、弾んでいる会話にふと我にかえる。
──天才
それを言うならアイツも紛れもない天才だった。
(生意気なヤツだったけどな……)
その強面ゆえに、初対面では敬遠されがちな岡村の隣にいつしか腰を下ろし、終わる様子のない後輩自慢と、熱を帯びるバスケ談議に耳を傾ける彼女の真剣な表情から目を逸らせると、笠松はグラスの水を一気にあおった。