第13章 笠松幸男 *
「アイツに一度、相談してみっか」
高校最強と謳われる洛山高校でマネージャーをしていたという樋口は、物静かな性格ながら、観察眼に優れた優秀なブレーンとして、今やスターキーにはなくてはならない存在だ。
ポジションの偏ったチームの穴を埋める器用さも兼ね備えた彼を、選手としてスターキーに加わるよう説得したという今吉の目は、悔しいが認めざるを得ない。
もっとも、「それよりも考えなアカンことがあるんとちゃうか?なぁ、笠松」という粘着質な声を除いては、だが。
こういう時の今吉の口から出るのは、ろくでもないことがほとんどだ。
嫌な予感しかしない。
「なんだよ。何か試したいことがあるなら、他の奴らにも相談して……」
「ちゃうちゃう。あの試合のおかげで増えたファンの子らの対応をどないするか、ってことに決まっとるやろ?ほら見てみ、今日もぎょーさん来てんで」
予感的中。
笠松は手入れなど無縁な眉を吊り上げると、声を荒らげた。
「っ、んなもん俺にどーこー出来るわけねぇだろっ!そーいうことは宮地に言え、宮地に!」
「え~、宮地はイケメンのくせしてあの通り愛想のないやっちゃろ?そうなると、うちのチームで宮地と人気を二分する笠松になんとかしてもらわんと」
「知るか!」
短く吐き捨てるチームメイトの予想通りの反応に、楽しげに肩を揺らす今吉に背を向けながら、笠松はさっきからどこか物足りなさを感じる体育館をぐるりと見渡した。
「そういえば今日、水原さん来られへんようになったらしいで」
「っ」
自分でも気づかない心のうちを見透かすような言葉に、思わず出そうになる声を飲みこむ。
人が嫌がることをさせたら右に出る奴はいない、と“悪童”に言わしめたこともある彼の性格は、きっと死ぬまで治らないのだろう。
眉間に刻まれるシワを見ることなく、「なんや風邪ひいたらしいで。心配やなぁ」と追い打ちをかけるような声に、ズキズキとこめかみが痛む。
かつて敵として戦ったこともある今吉の、妖怪じみた視線をあしらうのは慣れたつもりだった……のに。
どうしてこんなにも胸がざわつくのか。
スターキーの決して多いとはいえない練習日に、時々差し入れを持って現れるようになった、水原結という女性とはじめて会った日を思い出すように、笠松はゆっくりと目を閉じた。