第13章 笠松幸男 *
月末に開催されるストバスの試合に、スターキーとして出場することを決めてから約一ヶ月。
それぞれ忙しいスケジュールを調整して集まったであろうメンバー達が、各自でストレッチをはじめる姿を目の端で確認すると、笠松は愛用のエナメルバッグに手を突っ込んだ。
ケガ予防のためにと着用をはじめたレッグスリーブは、今ではこれ無しでは違和感を覚えるほど必要不可欠なアイテムであり、本人の預かり知らぬところで彼のトレードマークにもなりつつあった。
「うっし」
窮屈ともいえるそれに足を通し、左からバッシュのひもを結ぶのは、身に染みついたルーティーン。
颯爽と立ち上がり、腕をクロスさせる笠松の姿に、体育館の扉に群がるギャラリーから小さな歓声が上がる。
華やかな容姿の宮地とは対照的に、無骨な印象を持つ笠松の、素っ気ない態度はだがジワジワと人気を集め、どこから聞きつけたのか、練習風景を覗きにくる女子は増える一方。
もっとも、彼の無愛想さの本当の理由を知る者はいないだろうが。
「今日はフォーメーションの最終確認、ってことでいいのか?もう少し時間が取れたら、新しいことも試せるんだがな」
歓声が自分に向けられたものであることなど、考えもしないのだろう。
それとも、全国区のイケメンモデルを後輩に持ったせいで、黄色い歓声に慣れてしまったのだろうか。
表情を変えることなくアップをはじめる男前に、今吉はヤレヤレと頭を振ると、ズレてもいない眼鏡を指で押しあげた。
「せやな。せっかくポイントガードがふたりもおるんやし、攻撃の起点を変えることで相手チームを撹乱させるっちゅうのもオモロいかもしれんなぁ」
「相変わらずだな、その性格。ま、今は同じチームだから目をつぶるか」
「ヒドい言われようやな」とおおげさに肩を竦めてみせる今吉をスルーすると、笠松は黙々とストレッチを続ける樋口に顔を向けた。