第12章 火神大我
「クソっ!何しやがる!?」
振り返っても誰もいないという恐怖体験は、もう幾度となく味わってきたはずなのに、いくら目をこらしてもその姿はやはり見えない。
「ここですよ、火神君」
「やっぱりお前かよ!黒子っ!」
「く、黒子くん!いつからいたの!?」
淡々とした声と、突然目に飛びこんでくるさわやかな髪色。
その能力を発揮するシチュエーションとして今が適しているのかはともかく、幻のシックスマンという異名はダテではないのだと痛感する瞬間だ。
「結構最初の方からいたんですけど……というか、教室でふたりの世界に浸るのは控えた方がいいと思います。注目の的、ですよ」
「べっ、別にそんなんじゃねーしっ!!」
「真っ赤にならないでください。正面がどっちか分からなくなるので」
「ぐ」
存在を忘れられるほど影がうすいくせに、その言葉はいつも手厳しい。
火神はそんな相棒に歯ぎしりをしながら、隣でひっそりと笑いをかみ殺す結のつむじを見下ろした。
いつまでもこんな時間が続くと思っていた。
敗戦を乗り越え、歓喜の瞬間をともに迎えた仲間達と、これからも同じコートの上で戦っていくのだと。
ふいに込みあげる熱い想いに、ガラにもなく声が掠れる。
「黒子……」
「これが最善という答えはないのかもしれません。でも、だからこそ結論を急ぐのはやめて、ゆっくり考えませんか」
小学生レベルの悪戯をされたことへの怒りも忘れ、胸に広がるにぶい痛みと、それを上回るあたたかい記憶を噛みしめながら、火神はつぶらな瞳に向かって小さく頷いた。
「そう、だよな」
「あの……お話中のところ悪いんだけど、そろそろ一限目がはじまるよ。火神くん、古典の復習はちゃんとやってきた?今日は小テストだよ」
「げっ!」
「先のことより、キミは目の前にある危機をどう乗り越えるかを考えた方がいいかもしれませんね」
「ふふ。確かに」
たわいもない会話を、あとどれくらい交わせるのかは分からない。
でも、だからこそ。
(ちゃんと考えて答えを出す……それしかねーんだよな)
自分の夢を。
そして、こんな自分をエースとして信頼してくれる仲間達のことを。
ふたつに分かれた特徴的な眉をわずかに緩めると、火神は白い歯を見せて不敵に笑った。