第12章 火神大我
火神が自分の夢を叶えるため、アメリカへと旅立つことになったのは、キセキのドリームマッチを経て、季節がゆっくりと秋へ変わる頃。
空港で感極まって涙したことも、いつか笑い話として語り合える日はきっと来るはず。
火神は小さく鼻を啜ると、あの時の言葉通り、見送りには来なかった彼女の面影を思い浮かべるように、ひとり静かに目を閉じた。
──きっとまた会える
夢を追いかけることを許してくれるどころか、応援すると言ってくれた大切な仲間達とも
時には敵としてしのぎを削り、そして時には同じユニフォームを着て戦ったライバル達とも
いつか必ず
それは何の根拠もない未来への予感だったが、不思議と迷いはなかった。
搭乗手続きを待つ長い列にふたたび並び、手にした携帯のアルバムを開くと、火神は思い出をたどるように一枚、また一枚と指を滑らせた。
一体誰が撮ったのかは分からないが、真っ青な顔で2号から逃げ回っている情けない姿や、不眠不休でテスト勉強させられている時の悲惨な顔に、つい口許が緩む。
あっという間の一年半だった。
全国制覇を成し遂げた時の達成感も、代役として演劇部の舞台に立つことになった文化祭も、カオスなメンバーが集まった黒子の誕生日も、ラストゲームとなったあの試合も。
そのどれもが大切な思い出だ。
決して多いとは言えない写真の中に、彼女とのツーショットは一枚もなかったが、バスケと同じで、目標はひとつでも多い方が張り合いになる。
(それにしてもアイツ、意外と不器用なんだな)
生まれてはじめて付けた携帯のストラップは、『向こうでも頑張って』と消え入りそうな声とともに渡された、おそらく世界にひとつしかない宝物。
誠凛のユニフォームを模した手作り感満載の、不揃いな縫い目に指を滑らせると、火神はまだ少し赤い目をうっすらと細めた。
「いってくる」
渡米するのは一年ぶり。
だが今回はチャレンジャーとして挑む、険しい道のりになることは間違いない。
ロス行きのチケットを持つ手に力を込めると、火神は一点の曇りもない晴れ晴れとした表情で、新たなステージへと続くゲートをくぐり抜けた。
end