第12章 火神大我
「もう……バスケ部のみんなには話したの?」
自己主張が決して強いとは言えない彼女の控えめな声は、はじめて会ったあの日から変わらない。
唯一変わったのは、バスケ部の練習や試合に時々顔を出すようになった彼女と──ふたりきりというシチュエーションこそなかったものの──にぎやかな、そして穏やかな時間を過ごす機会が増えたことくらいだった。
「い、いや……まだ、だけど」
「そっか」
別に泣いて縋って欲しいわけじゃない。
まだ結論すら出ていない話をされても、彼女には迷惑でしかないことも分かっていた。
(ただ、俺は……)
「あの、さ。俺……うまく言えねぇんだけど、その、もし……お前さえ良かったら」
──待っててくれないか?
(そうじゃねーだろっ!ナニ考えてんだよ、俺は!)
ドラマみたいな台詞しか出てこない陳腐な自分にイライラする。
『火神お前、ドラマの脚本なんて書けたのか。すげぇな』
頭のネジがゆるい先輩の能天気な声を思い出し、小さく苦笑いすると、火神はゆっくりと息を吐き出した。
そもそも彼女は、他よりは仲のいいクラスメイトのひとりでしかなく、何の確証もない未来の約束を交わせるはずがないのだ。
そう、今はまだ。
「いや、何でもねーよ。わりぃな、変な話しちまって」
「……ううん、話してくれて嬉しかった。でも、ちゃんと決まったら教えてくれる?」
その声がかすかに震えているように聞こえるのは、自分に都合が良すぎるのだろうか。
憂いを帯びるその横顔に、いたずらな風が揺らすその髪に、そっと触れて、彼女の気持ちを確かめられたら。
「あぁ」
いつも以上に小さく見える背中にゆっくりと近づくと、指先で触れた肩がピクリと弾ける。
「見送りには……行かないからね」
「わかった」
このまま抱きしめて連れ去ってしまえたら
はじめて知る感情に思考が追いつかない。
ひっそりと咲く花のような笑顔を、そよ風のようにやわらかな声を、自分だけのものにしたいと思うなんて。
(壊しちまいそーだけどな)
自分勝手なこぶしを固く握りしめ、口の中で小さくつぶやいた時、膝の後ろに突然訪れた衝撃に耐えかねて、火神はコントのように後ろにのけ反った。