第11章 影山飛雄
「……遅い」
液晶に並ぶ数字に視線を落とすと、影山は尖った声でつぶやいた。
もっともそれは苛立ちではなく、ましてや焦りの類であるという自覚は彼にはない。
ただ、約束の時間に遅れてくるようなタイプじゃないことは、クラスメイトとしての付き合いすらほとんどない影山にも分かった。
時間と場所を決めただけで、連絡先は当然知らない。
(何かあったんじゃねーよな……)
仏頂面に不似合いなサラリとした黒髪には、女子なら誰もがうらやむ天使の輪。
少し目つきが悪いことはさておき、頭ひとつ抜きん出た長身に、チラチラと視線を飛ばしてくる複数の目に一ミリも関心を抱くことなく、影山はくしゃくしゃと髪をかきむしった。
探しに行った方がいいだろうか。
いや、行き違いになる可能性もある以上、連絡を取る方法を考えた方がいいかもしれない。
でも一体誰に──とスクロールした画面上のアドレス帳に長い指を伸ばしたその時。
「か……影山く、んっ!」
切羽詰まった声の方向を瞬時に判断し、無事な姿を確かめるように顔を向けた影山は、予想もしなかった景色に一瞬息を飲んだ。
「委員、ちょ……?」
水色の生地に散りばめられた花をシャラシャラと揺らしながら、一目散に駆けてくるクラスメイトの浴衣姿が、焦燥感を一瞬で吹き飛ばす。
ザワリ
首筋の毛が逆立つような感覚は、試合中の研ぎ澄まされたあの感覚とはどこか違う気がする。
「は、ぁ……っ、遅くなってごめん、ね。どうしても着てけって……お母さんが、うるさくて」
「お、う」
アイツならきっと、『すげー!その浴衣めちゃくちゃ似合ってんなー!』と無駄なジャンプをしながら相手を褒めるに違いないのに。
(なんで日向に負けた気になってんだよ、クソ!)
「はっ、ありがと……待っててくれて。もう……帰っちゃったかと、思って」
ここまで走ってきたのだろう。
肩で息をするたびに、艶やかな黒髪に色を添える紅い花飾りが、視界の中をゆらゆらと泳ぐ。
すっかり暮れてしまった夜空の下、浮かび上がるほっそりとした白い首筋から、影山は無意識に目を逸らせていた。
「どうかした?影山くん」
「あ、いや。なんでも……ない」
小さな手の甲で額の汗をおさえる彼女の細い手首は、力を入れて握ったら壊れてしまう──そんな気がした。