第11章 影山飛雄
烏養コーチのからかうような声を意識の外へと追い出しながら、やや大盛りの焼きそばを食べた後も、ふたりは賑わう通りをあてもなく歩いた。
「ごちそうさまでした」
「いや、今日はマジで助かった。でも委員長、ホント教えるのうまいよな」
「ありがと。私、学校の先生になるのが夢だから、そう言ってもらえると嬉しいな」
金魚すくいやヨーヨー釣りに夢中になっている子供の背中を見つめるふたつの瞳が、ふわりと和らぐ。
「そっ……か」
確かに、彼女の的確な教えは、眠気を誘うだけの授業より何倍も分かりやすかった。彼女ならきっといい先生になれるだろう。
「こんなこと話すの、影山くんが初めてだけどね」
「──は?」
「ね、コレふわっふわで美味しそう~。影山くんも食べる?」
「いや。俺は……」
無邪気な笑みを浮かべ、顔より大きな綿菓子を差し出してくる彼女の言動に、特に深い意味はないのだと頭では分かっている──分かっているつもりなのに。
こめかみを伝う汗も、さっきから身体にまとわりついて離れない熱も、不規則なリズムを刻む胸の鼓動も、制御不能。
(なんだ、この得体の知れない感覚は……)
「後でやっぱり欲しいって言っても、遅いんだからね」
悪戯っぽく目を細め、口に含んだ砂糖菓子を溶かしながら念を押す唇が、屋台の灯りに照らされてオレンジ色に艷めく。
口の中がカラカラに乾いているのは、さっきふたりで食べた焼きそばのせいなのか、それとも。
「……ノド、乾いた」
「じゃあ、かき氷食べに行く?私、いちご味にしよっかな。影山くんはメロン?」
石畳を蹴るゲタの音に合わせるように、歩くスピードを少しだけ緩めると、隣で楽しそうに身体を揺らす同級生の横顔を盗み見る。
この気持ちをなんと呼べばいいのか。
「勝手に決めんな。てか、まだ食うのかよ」
「焼きそばとイカ焼きと焼きトウモロコシを、あっという間に平らげた人には言われたくないんだけど」
夏の空に浮かぶ雲のようなわたがしに、顔を埋めんばかりに近づける彼女のことを、もっと知りたいと思うなんて。
指先がムズムズして落ち着かない。
「なあ、水原……」
はじめて名を呼ぶ声が震える。
一体、何を口にしようというのだろう。
両手をズボンのポケットに突っ込むと、影山はじわりと汗ばむ手のひらを、強く握りしめた。
end