第11章 影山飛雄
「遅くまで悪かったな」
「ううん」
短い会話を交わし、ふたりで図書館の自動扉をくぐり抜ける。
じわりと夕闇がせまる空をなんとはなしに見上げながら、影山はふと頭に浮かんだ疑問を迷うことなく口にした。
「なぁ。今日ってもしかして何か予定があったんじゃないのか?」
「え」
勉強と違ってどうやら嘘は下手らしい。
キョロキョロと泳ぐ目は、まるで四角い水槽の中を逃げ回る金魚のよう。
(そーいえば今日って……)
『うちからは焼きそばの店出すことになってっから、ヒマならお前らも来いよ。もちろん金は取るけどな』
隣でモゴモゴと言葉を濁す委員長の声に耳を傾けながら、影山はコーチの雑な宣伝を思い出していた。
「別に大丈夫……だよ。夏祭りなら明日もやってるし」
「それって今日行くつもりだった、ってことだよな」
「う。そう、かも」
「ぶ」
しっかり者という印象しかなかった委員長の意外な一面に、思わずふき出した影山に向かって、クラスの友達と夏祭りに行く約束をしていたことを白状する彼女のふくらんだ頬が、ほんのりと夕陽色に染まる。
「じゃ、行くか」
「行くって……何処に?」
「夏祭り。焼きそばくらいならおごってやる、今日の礼に」
ピタリと足を止めた彼女から「いいの?向こうで誰かに会うかもしれないよ?」と問われ、小さく首を傾ける。
別に何処で誰と会おうと構わない。
会いたくないヤツがいないわけではないが、騒がしいヤツも、嫌味なヤツも、今はネットのこちら側にいる味方なのだから。
馴れ合うつもりはさらさら無いが。
「何か困んのか、それ?」
「だって……」
「だって何だよ。行くのか、行かねーのか?」
「っ……い、行く!」
目を丸くしたまま大声で返事をする彼女に、じゃあ30分後に神社の入り口でなと一方的に告げ、教材がぎっしり詰まったカバンを肩にかけると、影山は軽い足取りで帰路についた。