第11章 影山飛雄
閉館時間まであと一時間。
だが、絶望的に思えた宿題の山は、的確なアドバイスのおかげで順調……とまではいかないが、それなりに進んだ。
「やっぱり影山くん、少し雰囲気変わったよね」
「あ?今なんか言ったか?」
「ううん、何でもない。じゃ、次は英語ね」
「げ」
机の上での集中力のなさを知っているかのように、短時間で科目を変え、辛抱強く説明を繰り返す彼女の声に頷きながら、影山は懸命にペンを走らせた。
そして、最後の砦ともいえる数学のテキストも残り数ページ。
総合問題と書かれた文字が目にしみる。
「最後の演習はここまでの確認を兼ねた問題になってることが多いから、アドバイスなしで頑張ってみよっか」
完全に子供扱いだ。
だか、不快に感じないのは何故だろう。
「大丈夫、影山くんならきっと出来るから」
なんの気負いもない言葉が──澄んだ声が耳に心地いい。
ゴールが見えて嬉しいはずなのに、物足りなさを覚えてざわつく胸に新鮮な酸素を取りこむように、鼻から大きく息を吸いこむ。
さっきより甘く感じる空気は、かつてないほど勉強に集中したせいで、脳が疲れているからに違いない。
「っし」
心の中で意味不明な言い訳をしながら、気合いを入れるように小さく吠える。
「じゃあ私、ちょっと席外すね」と静かに席を離れていく背中を目の端で見送りながら、影山は手の中のシャーペンを強く握りしめた。