第11章 影山飛雄
一向に減る気配のない宿題の山を忌々しげに睨むと、影山飛雄は机の上に突っ伏した。
もっともその山は、彼だけに見える険しい頂であることを、彼を知る者に説明する必要はないだろう。
バレーの練習なら何時間でも苦にならないのに、ボールをペンに持ち替えただけで跡形もなくヤル気が失せてしまうのだから、気の毒だと言えなくもないが。
「ハラ減った……」
だが、今日のノルマをこなすまで、夕飯はおろか帰宅すら許されないのは間違いない。
残りわずかな夏休み。
痺れを切らした母親からの無言の圧力と、凶暴なカラスさえ怯んでしまうような鋭い眼差しを思い出して、影山はあまり冷房の効いていない図書館でぶるりと肩を震わせた。
「影山、くん?」
「あ?」
机に伏せたまま、小さな呼びかけに応えるようにノロノロと頭を動かした烏野の天才セッターは、見覚えのある顔に向かって力なくつぶやいた。
「委員長……」
「どうしたの、その顔。って……聞かなくても分かるか」
影山にとって今までのクラス委員長というのは、頭が固く、口うるさい存在でしかなかった。
だが、彼女──水原結だけは例外だ。
一見すると目立たない生徒に属する彼女が、ほぼ満場一致でクラスの長に選ばれた理由は、基本バレーにしか興味のない影山にもなんとなく理解できた。
学年トップクラスの成績。
かといってそれを決してひけらかすことなく、控えめなのに不思議な存在感を持つ彼女が信頼に足る人間であることは、一年間同じ教室で過ごせば誰でも分かることかもしれないが。
意思の強さをうっすらと宿す印象的な瞳の持ち主は、肩までの髪を耳にかけると、虫の息の同級生に静かに近づいた。
「手伝おっか?」
涙目になっていることにも気づかずに、影山は目の前に現れた救世主にコクコクと頷いた。
「隣、いい?」
音を立てないように隣の椅子を引いた拍子に、ふわりと漂う甘い香り。
脳内に不足していた糖分を補うように、影山は大きく息を吸いこんだ。