第8章 今吉翔一・牛島若利 【R18】
「お、水原。探しとったんや。忙しいとこホンマ悪いねんけど、この書類に目ぇ通してくれへんか?」
机に軽く腰をかけ、分厚い書類を手に微笑む今吉翔一は現在、総務部の課長というポストに君臨中。
企画部の自分に何かというと仕事を押しつけて……もとい、頼んでくる図々しい男を、結はいつものように睨みつけた。
「今吉……課長。いい加減、私に仕事をふるのやめてもらえませんか?」
「ええやろ、少しくらい。同期のよしみってことで。頼むわ」
都合のいい時だけ同期という言葉を持ち出して、じわりと距離をつめてくる今吉の眼鏡越しの瞳に足がすくむ。
(妖怪じみたこの視線にときめくなんて、一体どんな心臓の持ち主なのよ)
ことあるごとに騒いでいる後輩達にひそかに感心しながら、動揺を気取られないように背筋を伸ばす。
きっと彼には見抜かれているのだろうが、精一杯の強がりと自分のプライドを見せつけておくことは不可欠だ。
「仕事なら自分の部下に頼めばいいじゃない、ですか」
「いやぁ~。ウチの子らは素直でエエ子ばっかりなんやけど、仕事が出来るとはお世辞にも言えんのや」
知っとるやろ?と耳打ちする声から逃れるように、大袈裟に音を立てて引いた自分の椅子に腰をおろす。
「部下の教育がなってないってことでしょ。ご存知の通り、私には私の仕事が山のようにあるんですけど」
目の前の書類を突き返そうとした結は、背後から伸びてくる腕とほのかに漂う紳士的な香りに、小さく息を飲んだ。
「今吉。俺の部下を困らせるのはやめてくれと、何度同じ事を言わせるつもりだ」
それは、直属の上司である牛島若利の、凜とした声だった。