第8章 今吉翔一・牛島若利 【R18】
「おっと、早くも牛若の登場かいな。弁慶の危機に飛んでくるなんて流石やな」
「誰が弁慶よ!可憐な女性に向かって失礼でしょ!」
ムキになっても敵わない相手だと知りつつも、これは長年のつきあいからくる反射だから仕方がない。
180センチを超える長身に、しかもダブルで背後に立たれるという圧迫感に眉を顰めながら、結は薄笑いを浮かべる今吉に非難の声をぶつけた。
「何をムキになっている、水原。お前は誰がどう見ても女性で、弁慶には見えないから安心しろ」
可憐というワードをすっ飛ばすクールガイに、威嚇の代わりにガルルと吠えてみるも、表情ひとつ変えることなく今吉の書類を手の甲で払いのける牛島の腕に、指先に、つい目が吸い寄せられてしまう。
間接が節くれだったゴツゴツとした男らしい指。
袖口からチラリと覗く大ぶりの時計は、毎朝秒単位で合わせていると以前聞いたことがあった。
「しゃあないなぁ~。今回は退散することにしよか。またな、弁慶」
「だから弁慶はやめてってば」
「俺のことを牛若と呼ぶのもいい加減やめてほしいんだが」
肩を揺らしながら去っていく曲者の背中を見送る牛島の目元が、楽しげにほころんだのはほんの一瞬。
表情を引き締めてこちらを見下ろしてくるふたつの瞳が、ギラリと色を変える。
源義経──幼名、牛若丸は幼少の頃、絶世の美少年だったという有名な史実を思い出す。
無骨なのに全身から男の色香を撒き散らす同期かつ上司という名の男は、自分の魅力を自覚しているのだろうか。
いや、彼に限っておそらくそれはない……はずだ、多分。
「またアイツが仕事を振ってくるようなことがあれば、必ず俺に報告してくれ」
「分か……りました」
つい出てしまいそうになるタメ語を飲み込む。
ここでは彼は上司で自分は部下。いくら同期とはいえ、それは職場で最低限守るべきマナーだ。
「話は変わるが、例の企画書はいつ仕上がる予定か聞いてもいいか」
「今日の夕方までには必ず」
形式的な会話を交わしながら、幅の広い身体に似合うウインザーノットで結ばれた薄紫色のネクタイから、結は視線を無理矢理引き剥がした。
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