第6章 青峰大輝
「何やってんだよ、バーカ。怖がってんじゃねーか」
目の前の視界を黒に染める広い背中は、まるで絶体絶命のヒロインを救うために現れた救世主。
私は一矢報いるつもりで振りあげたクラッチバッグを、間一髪というところで止めた。
「はぁ!?バカって何だよ!」
「火神君は無駄に迫力がありますからね。意外とフェミニストなのに」
「無駄って何だよ!俺はただ……っ!」
「おい、テツ。ふぇみにすとって何だよ」
「アメリカに行って随分経つのに、キミはそんなことも知らないんですか。フェミニストっていうのは──」
ヒーローの背中の陰で、親しげに言葉を交わす彼らの会話を聞きながら、私は乾いた唇の隙間から必死で声をしぼりだした。
命の危機は去ったようだが、そもそも非があるのはぶつかった私の方なのだ。
「あ、あの……」「驚かせて悪かったな」
言葉とほぼ同時に振り返った男性を見上げ、フリーズすること数秒。
だが、赤毛の男に負けず劣らず迫力あるオーラから感じるのは、恐怖ではなく感嘆の念。
服の上からでも分かる引き締まった躰と、長い手足をつつむ光沢のある黒のフォーマル姿に、溜め息すら出てこない。
まるで超一流のファッションモデルを見ているようだ。
胸ポケットを飾るシルクのハンカチーフと対照的な浅黒い肌は、獰猛な黒豹を彷彿とさせながら、美しいとすら感じる。
この感覚は、確か前にどこかで──
「コイツ極悪人みたいなツラしてっけど、別に取って食ったりしねーから心配すんなって」
強面だがシャープな顔立ち。
雑な話し方とはミスマッチな色気ある低音ボイスが、鼓膜をビリビリと揺らす。
「極悪人って!お前も似たようなツラしてんじゃねーか!」
「火神君、五月蝿いです。彼女をこれ以上驚かせないでください」
青筋をたてる赤毛の男性と、冷静な声で彼をなだめるもう一人の男性など意にも介さないように、目の前の男は、振りあげたままの私の腕を見て、うっすらと目を細めた。