第25章 追憶
「そんな不安な顔しないでよ紡ちゃん。落としたら大変だから、しっかり抱き直しただけだよ・・・」
それは、オレのついた小さな嘘。
今この瞬間を、飛雄に邪魔させたくないから。
『及川先輩。あの、影山に支えてもらえば自分で歩けるし・・・その・・・私を降ろして練習に戻って下さい』
また・・・飛雄?
紡ちゃん、どうして飛雄ばかり気にするの?
「紡ちゃん?」
『・・・はい』
「オレに抱かれていながら他の男の名前を言うなんて、ズルくない?」
『だ、抱か?!』
みるみる顔を赤くしていく紡ちゃんを見て、オレは笑った。
「そんなに真っ赤になっちゃって、何を想像したの?紡ちゃんの・・・エッチ」
『ち、違っ!及川先輩が変なこと言うからっ』
「え~?オレのせい?」
『もう知りません!』
あらら、拗ねちゃったか。
外へ繋がる入口に、岩ちゃんが立っている。
岩「なんでオマエが・・・」
・・・楽しい時間は、終わり、か。
オレは岩ちゃんに笑みだけを返し、用意されていたストレッチャーに紡ちゃんをそっと降ろす。
「紡ちゃん?オレを心配させた悪い子には、お仕置きが必要だよ?」
耳元で小さく呟き、紡ちゃんの頬をひと撫でして、その場所へキスを落とす。
岩「おいっ!!」
『なっ、及川先輩?!それに耳!!』
「その足が治ったらさ、オレとデートしない?」
恥ずかしがる紡ちゃんに顔を寄せたまま、そっと囁く。
『・・・しません!!』
「えぇ~、つれないなぁ・・・」
岩「お前はケガ人から離れろグズ川!!」
岩ちゃんがオレのシャツを引っ張り、紡ちゃんから引き剥がした。
「ちょっ、岩ちゃん苦しいから!」
岩「影山、同行者はお前か?」
影「そう、ですけど・・・」
岩「俺がこのバカ捕まえてる間に早く乗れ!」
影「あ、はい!」
岩ちゃんが影山を促し、影山が紡ちゃんの横に座ったのを確認して隊員がハッチを閉めた。
武「それではよろしくお願いします。僕も後から向かいますので」
顧問の先生がそう言った後、サイレンを鳴らしながら救急車が走り去って行った。
岩「及川、練習戻るぞ」
「ハイハイ・・・それよりさ」
歩き出していた足を止め、岩ちゃんが、何だ?と言いながら、オレを振り返った。
「さっきのって、なに?」
岩「あ?何の事だ」