第25章 追憶
『無視してるんじゃないです。ビックリして声も出なかったんです。あと、背後から気配消して近寄るのも、耳元で囁くのも・・・やめて下さい』
そっか、無視してるわけでは・・・ないのね。
耳元で囁くのもやめて下さい、か。
それはね、紡ちゃん。
弱点を丸出しに報告してるのと、同じなんだけど?
「ふ~ん?紡ちゃんの弱点は・・・ここ、かな?」
わざと耳にピンポイントで息をかけてみる。
『お、おおおおお及川先輩?!やめて下さい!!』
紡ちゃんは耳を押さえ、精一杯の抵抗を見せる。
「お?当たった?」
『・・・何の、意地悪ですか』
「意地悪?そんなんじゃないよ」
言いながらオレは床に座り込み、紡ちゃんを腕の中に閉じ込めた。
『あ、ちょっと・・・』
「意地悪なんかじゃない。俺を死ぬほど心配させた、罰・・・だよ」
そう、罰・・・
紡ちゃんは黙り込んで何も言わない。
今、何を考えてるの?
オレの事、意識してくれてる?
それとも、他の誰かの温もりと・・・比べてるの?
紡ちゃんの頭に、自分の顔を寄せる。
ねぇ、紡ちゃん・・・?
オレも岩ちゃんと同じくらい、紡ちゃんと同じ時間を過ごしてるんだよ?
知ってた?
だから。
今は少しだけでいいから、オレを見てよ・・・
[ よし、足の方はこれでいいだろう ]
処置を終えた救急隊員が顔を上げ、オレと目が合ってしまう。
[ イケメンの彼氏が心配して来てくれたんだね ]
軽く笑いながら救急隊員のお兄さんが紡ちゃんにそう言った。
「ん~、残念ながら、彼氏ではないんですよ。これから先は、まだ、分からないんですけど?なんちゃって」
紡ちゃんを間にして、そんな会話で笑い合う。
[ 彼氏じゃないのに、しっかり抱きしめられちゃって。キミもなかなかのモテ子さんだね ]
そうでしょう、紡ちゃんはモテモテなのに本人それに気がついてないからオレは大変なんですよ。
[ 処置も終わったし、車に移動しようか。いま担架を用意するから ]
「担架?だったらオレが運ぶのはどうです?」
『え・・・?』
今まで黙っていた紡ちゃんが、そこでようやく口を開いた。
救急隊員もオレの突然な提案に、う~ん・・・と唸る。
「隊員さんが往復するより、オレがこのまま行ったほうが時間短縮になるんじゃないですか?」