第5章 霹靂
そっと声をかけられ、私は戸惑いながらもハジメ先輩に言葉を続けた。
『でも・・・でも、もしひとつだけ私のわがままを聞いてくれるなら・・・1度だけ・・・1度だけでいいから、ギュッって、して貰えませんか?』
きっと、何を言ってるんだって思われているかも知れない。
自分でもそう思う。
これから別々の道を歩こうとしている相手に、何を言ってるんだって。
無音の空間にいたたまれなくなった私は、くるりと背を向けた。
『なぁ~ん・・・て・・・・・・え・・・?』
私は、今のは冗談って。
ちょっと困らせてみただけですって。
そう言って、笑って終わらせようとしたのに・・・。
私はいま、背後からふわりと抱きしめられている。
『びっ・・・くりしたなぁ~。ハジメ先輩も冗談ばっかり・・・』
そっとハジメ先輩の腕を解きながら1歩前に踏み出た。
けど・・・。
私はハジメ先輩に腕を引かれ、お互いに向き合う形でもう1度ふわりと抱き寄せられた。
179センチ程ある身長のハジメ先輩からすると、143センチ程しかない小さな私は、すっぽりと包まれている・・・と言った方が正しいのも知れない。
2度も抱き寄せられた事で思考回路が混乱する。
ゆっくり深呼吸してから、そっとハジメ先輩を見上げて見る。
そこには、眉間にシワを寄せて目を閉じる先輩がいた。
私はもう1度ふぅっと息を吐き、ハジメ先輩の胸を押し返しながら言った。
『先輩・・・ハジメ先輩?ムリしてギューッってしなくていいですよ?』
「・・・てねぇ。ムリなんか、してねぇよ」
『でも、ハジメ先輩、何だか辛そうな顔してるもの』
「・・・バカやろう」
そう言ってハジメ先輩は私を包む腕に、少しだけ力を入れた。
・・・トクン、トクン、トクン、と、ハジメ先輩の鼓動が聞こえる。
私はこの鼓動と、そして抱き寄せられているハジメ先輩の胸の暖かさを、ずっと忘れないでいたいと思う。
私は震えてくる両手でハジメ先輩の上着の内側から、そっとその背中に手を伸ばした。
ほんの少しだけその時間を感じると、私はハジメ先輩の体を押し返す。
『ハジメ先輩、ホントにホントにありがとうございました。私は大丈夫ですから、もう・・・行ってください・・・』
涙が零れないように瞬きを繰り返しながらそう言って、まだ名残惜しく感じる時間を手放した。