第35章 閉じた思いと、叶わぬ想い
朝練があると聞いた紡が、矢巾に早く帰った方がいいと急かす。
『矢巾さん、また誘って下さい?今日、とっても楽しかったです』
矢「え?い、いいの?!」
『もちろんです···じゃあ、約束しましょう?』
紡が矢巾に向けて、自分の小指を差し出す。
矢「じゃあ、また誘うから」
その指に、矢巾が自分の小指を絡めて指切りを交わすのを、ただ黙って眺めながら···思い出す。
『ハジメ先輩!絶対約束ですよ?!ね?』
「分かった分かった。今度気が向いたらな」
『気が向いたらじゃダメですよ。約束なんだから···はい、指切りです!』
そうだ、紡はいつだって···約束って言えば指切りだったよな。
どんな時も、それこそ···誰にでも。
その相手が自分がよく知った矢巾。
たったそれだけの事なのに、なんでこんなにチクリと痛てぇんだよ。
じゃあな?と矢巾を帰して、ある程度の距離まで見送ってから俺らも行くぞと紡に声をかけた。
『ハジメ先輩?もし···もし明日の朝練、矢巾さんが寝坊しちゃったら···私のせいだから怒らないで下さいね?』
とっくに豆粒みてぇになった矢巾の後ろ姿を尚も見ながら、紡が俺を見上げる。
「寝坊は自己責任だろ」
『でも!···朝練あるとか私知らなくて、たくさん楽しい時間を作って貰ったし···』
「あぁ、分かった分かった。出来るだけ怒らねぇようにしとく···ほら、約束すっから」
紡に向けて小指を伸ばせば、少し嬉しそうな顔をしながら細く小さな指を絡めてくる。
『約束、しましたよ?』
「分かったっての。ほら、行くぞ···」
そのままその手を掴み、歩き出す。
『ちょ、あの、手!』
「お前が迷子にならねぇように、捕まえといてやる」
『自分の家に帰るのに迷子になんかなりませんよ!』
「いや、なるだろ?紡だし」
『なんですかそれ!···もう···』
ちびっと拗ねながらも笑う紡の手を引いたまま、笑い合って歩く。
「おい、ちゃんと前見て歩け?コケんぞ?」
『転びません!』
少し前だったら、こんな風に笑って話ながら歩くなんて···想像も出来なかったな。
けど、今は···
今だけは、このまま暫くは···いいよな?
繋いだ手から伝わる暖かさに心を緩ませながら、紡の家までがもう少し···遠けりゃいいのにと思いながら足を進めた。
