第28章 オトリの凄さ
『ただいま~』
普段よりワントーン高めに玄関で声を上げる。
ちょっぴり落ち込んだ事とか、バレたくないから。
桜「おかえり、紡」
リビングのドアが開いて、いつものエプロン姿の桜太にぃが出迎えてくれる。
『お腹空いたぁ···今日の夕飯なんだろう~』
脱いだ靴をシューボックスに片付けながら、リビングから漂ってくるふんわりとした香りに鼻を擽られる。
桜「紡···元気?」
何の前触れもなくそう聞かれ、思わず靴をしまう手が止まる。
『え?···普通に元気、だけど?』
桜「そう。それなら良かった」
『なんか良く···分からないけど』
元気かどうかを聞かれた事を考えてみて、なぜそんな事を聞かれたのか、やっぱりわかんないなぁ···なんて口を結ぶ。
桜「分からなくてもいいんだよ、俺のちょっとした日課だから」
そう言いながらフワリと笑ってシューズボックスの扉を閉めてくれた。
桜「それよりさ、今日···影山君は?」
『影山?どうして?』
桜「別に深い意味はないんだけど、夕飯にロールキャベツ作り過ぎちゃって。もし影山君が一緒だったら、どうかな?とか思っただけだよ」
···ゴメンね影山、今日に限って。
ちょっとした後悔に目を伏せながら、そっか···とだけ返した。
『影山はいないけど···私が頑張って食べ、』
慧「っと?!···何してんだふたりで」
玄関のドアが開けられるのと同時に、慧太にぃが戸惑いの声を出した。
『慧太にぃ、おかえりなさい』
慧「おう、ただいま。紡、お前今日は影山と帰って来なかったんだな?」
さすが双子···と言うべきなのか、慧太にぃは桜太にぃと同じような事を聞いてくる。
『き、今日はたまたま···かな?でも、どうして?』
慧「どうしてもこうも、すぐそこで菅原に会ったからよ?」
···あぁ、そういう事か。
このタイミングでなら、菅原先輩の帰り道で慧太にぃに遭遇するのも仕方ない、か。
慧「···で、折角だから連れて来たってワケで」
『はいっ?!』
菅「アハハ···こんばんは桜太さん···紡ちゃんも、さっきぶりって言うか···」
なんで?!
ゲラゲラと豪快に笑い出す慧太にぃの後ろから、菅原先輩が気まずそうに顔を出した。
桜「やぁ、菅原君。今日の紡のナイトは菅原君だったんだね?ありがとう」