第7章 満月の夜と少女 裏
「いつもと雰囲気が違ったのでついな。…おい、どうした?」
ルルは急に涙をはらはら流し、声を上げないで泣き出した。
「どっか痛いのか?」
こういうことに慣れていないせいか、慌ててしまう。
痛いのか、お腹が空いているのか、勉強が気にくわなかったのか。
いや、もしかしたら、自分が彼女に対して知らない間に傷をつけてしまったのかもしれない。
いつもならこんなことは思わない。
去るものは追わない主義だ。
しかし、彼女の心が自分から離れていくのが壮絶に不安になった。
この先、彼女は一人で生きて行くことは不可能だろうし、何より自分を人として扱ってくれる存在が消えてしまうことが怖かった。
ひとりの女にここまで振り回されることがあっただろうか。
短い時間だったが、長時間に渡って考え事をしている錯覚。それを打ち破ったのは彼女の声ではない声。
「マリアが…。」という一言だった。
どうやら人魚姫と人間とのやりとりのもどかしさに自分とマリアを重ねていたようだ。
俺達があの屋敷に入った日、午前中にルルはマリアによくわからないが大声で怒鳴られたらしい。
どういう言葉を言っていたか、はっきり覚えていないが、
「あんたの世話を永遠にしなきゃいけない私の気持ちになってよ!」
「あんたなんか消えちゃえばいいのよ!」
前後の記憶は曖昧だが、どうやら数年に渡る、ほぼ24時間密着したルルの世話に彼女のストレスは限界だったようだ。
それはそうだ。自分の子供でもないのに、マリアは自分の時間を作ることも許されずに言葉も通じない赤子同然のルルの世話を命じられていた。
物語を通してルルはようやくあの日の答えが出せた。マリアが自分に向けた言葉の刃が今やっと刺さった。
マリアはもどかしかったのだ。
しごく簡単な言葉だけでは物事を伝えるには限界がある。
しかし、ルルに対する教育は多分禁止されていた。
閉鎖空間の秩序を壊さないために、そしてルルが外界に興味を抱かないために。
長年の彼女の苦労が伝わり、涙を流し、彼女は言った。
「わたしは、マリアのために、きえちゃえばよかった…。」