第2章 ぬくもりの分け方
家の管理をしている老夫婦にも休みを与えようと、予定通り旅亭の敷居を跨ぐ。食事と入浴を済ます為だけに用意された部屋ではあるが、落ち着いた調度品が似合いの上等な一室だ。
入浴を済ませて部屋に戻った牡丹は、がらんどうな空間に、寂しさを覚えた。カカシはまだ大浴場か。
何故だろう。いつも一人過ごしていた時間の方がずっと長いはずなのに、人の気配が恋しい。実家の両親や兄弟よりも、新しい家の老夫婦やメブキの気遣いが、家族と呼べるもののように感じた。
ひとり部屋に佇んでいると、廊下の足音が部屋の前で止まる音に気付く。カカシが戻ったか。しかし一向に部屋の戸が開く様子はない。
無音の戸を注視しながら、牡丹はどこか漂う違和感の正体を探る。部屋の前で止まった足音。カカシは、足音など立てはしない。たった一週間でも、それは牡丹の肌身が覚えていた。
牡丹は足音が聞こえたことに訝しむ。カカシでは、ない。来訪者を招くべきか、招かざるべきか考えあぐねて、諦めた。待っていても、扉の向こうは無音のままだ。
「私になにかご用ですか」
返事はないようにも思えたが、小さな囁きが、がらんどうの部屋の中に響きはじめる。
お前がいなければ…お前がいなければ…
呪詛のような呟き声は、部屋の扉と襖をチリチリと焼き始め、ぽっかりと穴を開けた。大穴の向こうでは、廊下に立つ女が、瞬きもせずにこちらを見ていた。