第1章 嫁入
ま、話でもしよう
その言葉は牡丹の心を少しだけ温めたのかもしれない。あの時、心を塞いでいた膜が一枚、ため息と共に剥がれていった。
堅く閉ざしていたはずの心の綻びは、じわりと身体中を巡る。私は一体何を恐れているのだろう。忍という人たち、日の当らぬ隠れ里、見知らぬ火影、大名の娘としての運命、そのどれもが綯い交ぜとなって、胃の腑を握りしめているようだ。
それでも彼は優しかった。他愛もない話を聞いてくれる目も、木ノ葉の里について教えてくれる仕草も、疲れたろうと寝室を後にする背中も。
数刻は眠ったのだろうか。彼は夜も明けないうちに、職場へ向かったらしい。そのような生活では、流石に並んで寝ては疲れも取れまいと独りごちる。
鳥の鳴き声で目を覚ました牡丹は、屋敷を管理している老夫婦が用意した朝食を口にした。食べることはあまり好きではないが、用意されたものを蔑ろにはできない。素朴で口当たりの良い味であることが、救いだった。
「牡丹様、身の回りの世話を任されました、メブキと申します」
朝食を済ませた頃に老夫婦が連れてきた女性は、快活に笑った。カカシの教え子のご母堂だと言う。
「いやね、カカシ先生に女性のお世話なんて繊細な仕事、任せられる人見つけられる訳がないって娘がうるさくってね。先生も見てられないし、飛び出して来ちゃったわ」
なんだか、騒がしくなりそうだと、牡丹は目を丸くした。