第6章 案山子
日暮れ前に、執務室に牡丹が訪れた時、彼女は一輪挿しを置いていった。今育てている薬草だそうだ。麻酔として用いるため大量に栽培しているそうだが、一輪置く程度であればその香りに寛ぎの効果がある。効果が強く、長期保存に耐えないため、保管している量が少ないとは聞いていた。道理で連日牡丹が駆り出されている訳だ。
書類を受け取りながら、暗部の報告に耳を傾ける。神経毒と幻術が複合された罠は、単純に幻術を解いただけでは神経系が復活せずに、幻術に引き戻されてしまう。神経毒を麻酔で中和しながら、幻術を解く必要があるが、そのために必要な麻酔の量が途方も無い。罠に掛かった連中が回復するには、まだ時間が要りそうだった。
「殉職者の手配は」
最初に派遣した部隊は全滅した。それぞれ家族や友人が悲しんでいることだろう。
「ご家族への告知と葬送の準備は済んでます」
深く息を吸うと、花の香りが肺に広がった。
人の死に慣れてはいけない。心を止めて、悲しむことを辞めるのは簡単だ。だが、どんなにたくさんの人間が死んだとしても、それをひとりの人として受け入れることができなければ、人の上に立つべきではないのだ。