第5章 その声はまるで
テンゾウから説明された通り、陣の中央に正座する。そして向かいに座るユリを真似て、鏡のように印を組む。間違いのないよう、ひとつひとつ、ゆっくりと、時間をかけて作る印はあまりに長く、途方も無い時の流れの中にいるようだった。
最後に胸の前で手を合わせると、ユリは牡丹に、指示を変えると話しかける。
「ここから先、私は別の印を組む。両手は合わせたままで、言葉を繰り返してほしい。ここからは印ではなく言霊だ。気に入らない文面は真似なくていいし、言いたいことがあれば付け足してかまわない。目を閉じて、情景を思い浮かべるんだ」
言霊、言葉に宿る霊。歌は好きだが、言霊と言うほど心を込めて歌ったことがあるだろうか。牡丹は、 聞こえる音を擬えて歌う。
春の野にすみれ摘みにと来しわれそ
春の歌。恋の歌。そして夏の歌。家族の歌。ゆっくりと移ろう季節を辿るように象られる言葉が、耳に届いてから身体の中を巡り、歌となって出ていく。響きの循環が、合わせた掌に渦巻いていた。
「もういいぞ」
その綱手の声と、肩に置かれた手の感触に、牡丹は我に返る。目を開けた時、テンゾウが抱えていた薬草の葉が、牡丹に手を伸ばしているように見えた。